「槙野だったら、何味にする?」
「わかった。あ、じゃあさ、今から涼太も呼ぼうか!歩きで来れるし。」

馬鹿だなって思った。もう一生ないかもしれない二人だけのお泊まりを、僕は今一番嫌な形でぶち壊そうとしている。涼太が嫌なんじゃなくて、そりゃ誰だって嫌だ。

「それはダメ!」

自分の言ったことを一瞬で後悔した僕に、一瞬でヤヨちゃんは答えた。

「それは絶対にダメ。」

「なんで?」

よかったーって思いながら僕は訊く。自分で言ったくせに安心してるなんて滑稽だ。

「ダメに決まってんじゃん!すっぴんだしパジャマだし。寝起きだってきっと最悪。」

ヤヨちゃんは学校や遊びに行く時は軽くお化粧しているみたいだった。していてもいなくても可愛いことは変わらない。でも本人にとっては全然違うらしい。

「それにさ。」

「うん。」

「男の子とお泊まりなんてさすがに怒られちゃうよ。」

ガクッと僕は項垂れた。漫画みたいに思いっきり。そのまま背中からズルズルとソファに沈んでいく。

「やっっっぱそうだよなー。」

天井を仰ぐ。照明をぼんやりと眺めてつぶやく。

「男としてなんか見られてないよなぁ。」

「なに?」

「なんでもなーい。」

スタートラインにすら立てていない僕。涼太はとっくにゴールかどこかに居て、その背中はもう見えない。もしかしたら産まれた瞬間から決まっていたのかも。いや、そんな壮大な話か?…壮大な話だ。僕はヤヨちゃんが好きだ。これからも絶対に。これは恋の話なんかじゃない。僕の人生の話だ。それくらい重要なことなのに。

「槙野ー?」

ヤヨちゃんが心配そうに僕を見ている。

「だいじょーぶ。なんでもないよ。」

新しい紅茶を淹れる為、自分とヤヨちゃんのカップを持って立ち上がる。ヤヨちゃんはまだ心配そうに僕を見ている。

いいんだ僕は。このポジションで。僕にはすっぴんも見せられるし寝起き一番におはようも言える。シャワーだって浴びられるし親に堂々と言えるくらい、男としても見られていない。
最高じゃないか。こうやってヤヨちゃんを独り占め出来るんだから。最高だ。
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