「槙野だったら、何味にする?」
テレビ台に乗せてある時計を見た。男性の手のひらサイズくらいの、四角くて白い時計。男性によるだろうけど…男性くらいのだ。
僕の家には壁掛け時計はない。母さんは新築でこの家を建てた時、壁に穴を開けることを嫌った。壁に穴を開けなきゃ使えないような物は置いていない。僕の部屋ですら画鋲は使うなと念押しされている。
傷なんて生活している限り、色んな所にいくらでもつくのに。僕は黙っていたけれど、引っ越し初日、片付けの休憩でお昼ご飯を食べている時に父さんが言ってしまった。その夜、母さんと僕はお寿司だったのに、父さんの夜ご飯だけ目玉焼きとお味噌汁になった。
母さんはよっぽど嫌な経験でもあるのか、怖くて聞けないけれど。一生口にはしないようにしようと、いくらを頬張りながら誓ったし、父さんも率先して穴を開けずに使える家具や雑貨を探すようになった。

十時になろうとしている。夏休みに入ってから夜更かしが癖になってしまっていて僕は全然眠たくなかったけれど、ヤヨちゃんは少し眠たそうだ。元々どこでも、枕が変わってもすぐに寝れると言っていたし、寝るのが得意なヤヨちゃんのことが、寝付きの悪い僕は羨ましい。

「ヤヨちゃん、そろそろ僕の部屋行こうか。」

「んー?うん。」

ヤヨちゃんは目をこするような仕草をして立ち上がった。赤ちゃんみたいだなと思った。こんな感じだったら怖いテレビを観ていてもそのまま寝ちゃってたんじゃないかな。

僕も立ち上がって冷房を消す。リビングを出てヤヨちゃんを階段に促した。

「気をつけてね。」

僕がヤヨちゃんの後ろに続く感じで階段をのぼる。前に屋上への階段をのぼった時とは逆だ。そして今日は階段をのぼり切っても二人だけ。今日だけは。
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