「槙野だったら、何味にする?」
「あ、よかったー。まだ居たんだね。」

ヤヨちゃんの声だって分かったけれど、僕は顔を上げなかった。ヤヨちゃんの声は確かめなくても分かる。なのに当の本人は「まきのー」って言いながら僕の体を揺らしてくる。

「なぁに。」

結局僕が負けた。

「まだ終わんない?」
 
「あと一ページで終わるよ。」

じゃあ早く終わらせようよとヤヨちゃんは簡単に言ってのけて、僕の前の席に座った。

「補修って国語だけ?」

「うーん…、うん…そうかなぁ、国語が一日三ページで、数学が二学期の成績表から減点だって。一ページにつき一点。テストで補うか授業態度だってさ。」

国語は今日の分を抜けばあと六ページ。めちゃくちゃ頑張れば、明日中に終わらせられる。数学をテストで補うのは正直キツイ…。数学が一番苦手で、頑張ればどうにかなるってレベルじゃないくらい、僕の頭と数学は共演NGなのに。何がなんでも涼太に頼み込むべきだった。くだらない見栄や優越感で涼太を怒らせてしまった自分を、脳内でメチャクチャにした。涼太が「何に」怒ったのかは未だにあんまり分かっていないけれど。

ヤヨちゃんが目の前に居るからいいとこ見せたくて、シャーペンを走らせる。なんとか三ページ目。最後の一問。

「やればできるじゃん。」とヤヨちゃんが言った。ちゃんと決められた日数でやったヤヨちゃんや涼太、他のクラスメイトが神様に見えてくる。僕みたいな人間は大人になったらきっとすごく損をする。わけの分からない膨大な量の夏休みの宿題の意味が初めて理解できたかもしれない。こうやって「社会」を学んでいくんだ。…たぶん。
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