「槙野だったら、何味にする?」
「槙野だったら、何味にする?」

さっきから散らつき始めた雪を教室の窓から眺めながらヤヨちゃんは僕に訊いた。

真冬なのに、膝より上にあるヤヨちゃんの制服のスカートの裾を眺めながら、寒そうだな、女の子は大変だな、なんてぼんやり考えていた。
足、寒くないのなんて聞くと、ヤヨちゃんは決まって「ジャージ履いてる槙野は反則。」だなんて言う。僕はこれでいい。楽だし動きやすいし、僕に似合っている。特別な衣装みたいに。

「ねぇ、槙野ってば。」

ぼんやり考えていた僕はハッとしてヤヨちゃんの顔を見た。

「何味…って?」

ヤヨちゃんは可愛い。
冬になると寒そうに赤くなる頬っぺたが更に可愛くて、僕は多分、冬のヤヨちゃんが一番好きだ。

窓の外をジッと見つめたままヤヨちゃんは言った。

「雪を食べるとしたら、槙野なら何味のシロップをかける?かき氷のだよ。私は…レモンかなぁ。贅沢に宇治金時にして白玉のせちゃうのもアリかも。でも何だかんだ言って、結局いちごとかにしちゃいそう。」

子供みたいなことを真剣に考えこんでいるヤヨちゃんが可愛くて、ヤヨちゃんが喋っているのをもっと聴いていたいと思った。

それから僕は、自分なら何味にしようかと考えた。僕は僕の好きな味よりも、ヤヨちゃんが好きな味にしたい。ヤヨちゃんがレモンにしても、宇治金時にしても、いちごにしても、僕がヤヨちゃんが選ばなかった味にすれば、好きな味を二つ食べられるから。
そうしたら何を選んでも、ヤヨちゃんは後悔しないで済むから。

「僕は、」

「あっ、りょうちゃん!」

言いかけた僕の声を遮って、ヤヨちゃんは立ち上がって窓を全開にした。
立ち上がった拍子に、ヤヨちゃんが座っていた椅子がガタンッと音を立てた。
暖房で暖まっていた教室に、冷気が流れこんで僕は少しだけ身震いした。
僕の方の窓は閉められたままで、暖房の熱で暖められた蒸気が窓を曇らせている。
窓に張り付いた蒸気は水滴になって、いくつかの筋を作りながら、ポタポタと流れ落ちていた。
一本、二本、三本…ぼんやりとその筋を数えながら、水滴の向こう側に、駆け寄ってくる涼太を見ていた。

ヤヨちゃんは全然平気そうだった。平気どころか、嬉しそうに窓の下の運動場、校舎の方へ小走りに駆け寄って来る涼太に向かって手を振っている。
凄く嬉しそうに。そんな表情、僕には見せない。
僕は寒いふりをして、巻いていたマフラーに顔を埋めた。本当はあまり寒くはなかった。
寒さよりも、幸せそうなヤヨちゃんが、辛かった。
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