「槙野だったら、何味にする?」
僕はまた俯いたまま、ヤヨちゃんの真似をして足をぶらぶらさせてみた。足がすごく冷たくて、こうやって動かしていれば少しは暖まると思ったけれど、冬の寒さはそんなに簡単なものじゃなかった。

教室のドアが音を立てて開いて、ガラッという音の中に、少しだけ、建て付けが悪くなった様な軋む音がした。

「ヤヨ、ごめん。お待たせ。」

声をかけられたヤヨちゃんはパッと振り向いて、運動場に涼太を見つけた時みたいに勢いよく立ち上がった。
僕は俯いたままだったから、ヤヨちゃんがどんな表情をしていたかは分からないけれど、きっとすごくすごく、笑顔だったんだと思う。

「りょうちゃん!お疲れ様。」

「ごめんな。先に帰ってた方がラクだろ?」

「いつも送ってもらってるもんね。りょうちゃんの方こそ今日くらいは私、先に帰ってた方が良かったかな…。」

「そんな事言ってないだろ。」

「えへへ。帰ろっか。」

ヤヨちゃんの可愛い声を聴きながら、僕は冷たい足に集中した。そうしていなきゃ、僕は駄目な気がしたから。

「槙野、一緒に待っててくれてありがとう。槙野はまだ帰らないの?」

「んー…うん。もう少し。」

「そっか。気をつけてね。バイバイ。」

「うん。バイバイ。」

僕は顔を上げて、ヤヨちゃんに手を振った。涼太が僕を見て、「じゃあな。」と言った。僕は声を出せずにいた。

一人になった教室はさっきよりもグッと寒くなった様な気がして、僕はやっと、ヤヨちゃんが開けた窓を閉めた。曇っていた窓ガラスに、また一筋、雫が流れて落ちた。
雫が作ったその線を指でそっとなぞったら、それよりも太い線が出来て、ぽつぽつと水滴を作っている。一部分だけ透明になった窓ガラスは、僕の呼吸でまたすぐに曇った。
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