「槙野だったら、何味にする?」
学校に着いて、上靴に履き替える。下足箱には席替えなんて無いから、学年が変わるまではずっと名簿順。僕の下がヤヨちゃんの場所。ヤヨちゃんの下足箱には、もうローファーがある。ヤヨちゃんが教室に居ることが分かってソワソワした。
少し乱暴になっていることを自覚しながら、スニーカーを下足箱に投げ入れて、教室までの階段を駆け上がった。

教室のドアはスムーズに開くのに、やっぱり建て付けが悪くなった様な鈍い音がした。

窓際の一番前。ヤヨちゃんの席。
二学期最初の席替えの日、ヤヨちゃんの席は一学期と一ミリたりとも変わらなかった。ヤヨちゃんがすっごく嫌そうな表情をしていたことを今でも憶えている。
その表情もすっごく可愛かった。本人にはもちろん、言えていないけれど。

見慣れた栗色の長い髪の毛を見ていると、泣きたい様なおかしなものが体中に巡ってくるのが分かる。
嬉しいはずなのに、不思議な感覚。心臓の近くが揺れる様な感覚。僕の口からはどうしたって飛び出せない、好きという言葉。
僕が弱虫でさえなかったら、今すぐにだって伝えられるのに。

教室の空気は冷たくて、八枚ある窓が一枚飛ばしで四枚開けられているからだって分かった。
僕のクラスは一定の時間毎に空気の入れ替えをするように決められている。
冬の寒い日は皆すごく嫌そうだけれど、それはクーラーが効いている夏の暑い日だって、反応は変わらない。
僕は空気の入れ替えの時間が嫌いじゃない。
冬の日は特に、晴れている日の風は気持ちが良いから。
風に揺れるヤヨちゃんの髪の毛が綺麗だから。

「ヤヨちゃん、おはよう。」

ヤヨちゃんの席に近付いて、窓の外をジッと見ていたヤヨちゃんに声をかけた。
振り向いたヤヨちゃんは、何となくイジけてるみたいな表情をしている。
涼太にはきっとこんな表情はしないだろう。
僕は何か、ヤヨちゃんが気分を損ねるような事をしてしまったんじゃないかって心配になった。
< 61 / 139 >

この作品をシェア

pagetop