「槙野だったら、何味にする?」
「ヤヨちゃん?どうしたの?」

心臓がドキドキしていた。ヤヨちゃんが僕と口を聞いてくれるか不安だった。
僕の声は、すごく小さかったかもしれない。
だけどそれよりも小さい声で、ヤヨちゃんは呟いた。

「晴れるなんて、聞いてない。」

どんなに小さくても、僕にはヤヨちゃんの声がハッキリと届く。
僕の細胞は、きっとヤヨちゃんの為にあるのかもしれなかった。

「晴れるって?」

聞き返した僕に、ヤヨちゃんはさっきよりも眉根を下げて言った。

「今日も絶対、雪だと思ってた。だから何味にするか、昨日一生懸命、考えてきたのに。…って、槙野?何笑ってんの?」

今度は眉間に皺まで寄せ始めたヤヨちゃんを、僕はクスクスと笑った。
これは不可抗力だ。可愛いヤヨちゃんが悪い。
昨日の続き、ヤヨちゃんが覚えていてくれたことが、堪らなく嬉しかった。
昨日一晩中、涼太じゃなくて、僕とのことを考えてくれていたヤヨちゃんが愛しくて、僕はヤヨちゃんに手のひらを伸ばした。

ヤヨちゃんの頭をぽんぽんって、撫でてあげたくて。ありがとうって、言いたくて。
だけどそれは叶わなかった。

「ヤヨ、槙野。おはよう。」

「あ、りょうちゃん。おはよう!」

背後から声がして、一瞬僕と目が合ったヤヨちゃんは飛びっきりの笑顔で、振り向いたら涼太が立っていて、机のサイドのフックにリュックを掛けているところだった。一瞬、僕と目が合った涼太が口を動かすだけで「ごめん」って言ったことが分かった。

ヤヨちゃんに伸ばしかけた手のひらで僕は自分の頭を掻いた。
指先から物凄く冷たい感触がした。
僕は「しまった」と思っていた。今まで、これまでだってずっと、涼太に向けるヤヨちゃんの表情からは目を逸らしてきたのに、あの飛びっきりの笑顔が脳裏から離れない。

大好きな人の笑顔なのに、かなしいと思った。可愛くて堪らない笑顔なのに、僕はかなしくてかなしくて、二人に気づかれない様に深く息を吐いて、自分の席に向かった。

廊下側の一番後ろの席。僕もヤヨちゃんとおんなじ。一ミリも変わらなかった。
隣同士のヤヨちゃんと涼太からは、一番遠い席。
一番遠い席なのに、二人の姿がバッチリと見えてしまう席。

あぁ、そうか。
雪なんか降らなくても、アスファルトがどんなに渇いていても、二人自身がずっと並んでいたんだよね。
雪が降らないと、二人分の足跡は出来ないけれど、こんなにも快晴なら、二人分の影が出来るんだろうな。

椅子に座って、ヤヨちゃんに伸ばせなかった手のひらを、僕はきつくきつく、握り締めていた。
そしてようやく、晴れて欲しかった僕と、雪が降って欲しかったヤヨちゃんの願いがズレていたことに気がついたんだ。
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