「槙野だったら、何味にする?」
「ヤヨちゃん、どうしたの。」

「昨日の夜から体調悪いなーって思ってたんだけど…今朝になって熱出ちゃって…」

「そっか…おうちの人は?」

「二人とも、忙しいから。ごめんね。一人で居るの心細くて。呼んじゃった。」

ヤヨちゃんの親が忙しいのはもうずっとだった。詳しいことは知らない。ヤヨちゃんが話したがらないから。
ヤヨちゃんはいつも、制服のスカートのポケットにくしゃくしゃの千円札を入れている。ポケットから何かを取り出そうとした拍子に、その千円札がこぼれ落ちて、僕が拾ったことがある。

忙しいママが毎朝お昼代って、いつも置いていくんだって言ってた。
ポケットに入れてたら危ないよって言ったら「いらないんだけどね。」ってヤヨちゃんは言った。その時のヤヨちゃんの表情も声も、僕の知っているヤヨちゃんじゃなかった。すごく寂しそうで、どこか怒っている雰囲気で。

僕はベッドに寝ているヤヨちゃんに目線を合わせる様に、床に座った。

「ごめんね。迷惑だったよね。」

「ううん。僕を呼んでくれてうれしいよ。」

ヤヨちゃんの額から落ちそうになっているタオルハンカチを丁寧に戻しながら言った。

「これは?ママがしてくれたの?」

「ううん。自分で。なんか…気休めにはなるかなって
…」

ヤヨちゃんは目をつむったままだ。僕が来てからまだ一度も目を開けていない。相当しんどいのかもしれない。

「そっか。ぬるくなっちゃってるし、新しくしようか。」

言いながら、さっき自分が戻したばかりのタオルハンカチをヤヨちゃんの額から取った。

「ううん。いい。槙野、」

「なぁに。」

「槙野の手、乗せてみて。」

「え?僕の?」

「ん。」

僕は自分の右手を見つめて、一瞬躊躇したけれど、そっとヤヨちゃんの額に乗せてみた。

「やっぱり。槙野の手、冷たくて気持ちいい。」

ヤヨちゃんの口元が少し緩んだ気がした。そうか、僕の手は冷たいのか。ヤヨちゃんの額は熱のせいか汗ばんでいて、確かに熱い。僕の手のひらもどうせすぐに温まってしまうだろうに、ヤヨちゃんは平気そうだった。
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