「槙野だったら、何味にする?」
「もう十八だもん。槙野より大人だもん。」

ヤヨちゃんは僕の返事を待たずに言った。さっきよりも小さく、細い声だ。ヤヨちゃんが消えてしまうんじゃないかって想像したら怖かった。

「キスもしたことないのに?」

僕も小さい声で言った。ヤヨちゃんからの返事は無い。

ヤヨちゃんをぽんぽんしていた手を止めて、そっと額に触れてみた。おでこはまだ熱い。平常の体温を知らないけれど、普段の人間よりは熱い気がする。

「ヤヨちゃん?」

返事は無い。眠ったのかな。掛け布団が微かに上下している。ゆっくりとした呼吸。

額に触れていた手で、ヤヨちゃんの頬っぺたに触れてみる。あとちょっとで唇に触れてしまう。リップを塗っているわけではなさそうなのに、ほんのり赤い。

ヤヨちゃんもいつか誰かとキスをする。僕の全然知らない人かもしれないし、涼太かもしれない。
今はまだ、誰のものでもないヤヨちゃん。今は、まだ。

嫌な気持ちが、自分の中に湧き上がる。ザワザワする。頭の中でダメだって自分が繰り返している。

あと少し、

ヤヨちゃんの匂いがした。
柑橘系とは違う、ヤヨちゃんのやわらかい匂い。

ヤヨちゃんの髪の毛が僕の頬に触れる。

僕の、

僕の唇が触れそうになった時、ヤヨちゃんが寝返りをうって、僕と反対側を向いた。

起きていて欲しいと思った。どうかヤヨちゃんは眠ってなんかいなくって、寝たふりをしていますように。

いっそ、本当は起きていますように。

意識的に、

お願い。僕を拒絶して。
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