「槙野だったら、何味にする?」
手がかすかに震えている。ヤヨちゃんに掴まれていた右手首はまだ、ヤヨちゃんの熱を覚えている。ヤヨちゃんの額や頬っぺたに触れた左の指先は、覚えていない。
すべてがスローモーションで色を失くして、熱も匂いも、時間も止まったみたいな感覚だった。
ヤヨちゃんのちょっと赤い唇だけが鮮明に焼き付いている。

嫌悪感で吐いてしまいそうだった。僕はなんて汚いんだろう。ズルくて汚くて自分勝手で弱い僕だ。

綺麗事だけじゃ人を好きで居続けられない。綺麗事だけじゃ何も守れない。でも、綺麗な記憶のまま、何も叶わなくても、彼女が一生僕を好きにならなくても、綺麗でいることを諦めてしまったら、僕はヤヨちゃんを壊してしまうだけなんだ。

ヤヨちゃんが本当に眠っていたかどうかはもう分からない。でも僕は、ヤヨちゃんに拒絶して欲しかった。ヤヨちゃんの言葉で。声で。

ごめんなさい。ごめんなさい。
僕が僕をやめられない限り、僕はずっとこのままなんだろう。

今更になってヤヨちゃんに触れていた指先が熱い。

今すぐ消えてしまいたかった。
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