「槙野だったら、何味にする?」
ヤヨちゃんと涼太が僕の方に近づいてくる。僕はとっさにヤヨちゃんの絵の具道具を蹴飛ばして、開いていた隣のクラスのドアから教室の中に滑り込ませた。隣の教室の教卓にぶつかって、音を立てる。たぶん、涼太は気づいていない。ヤヨちゃんには心の中でごめんって思ったけれど、ヤヨちゃんの嘘がバレちゃいけないと思って、咄嗟に蹴ってしまった。

「ちょっと躓いちゃって。」

僕は言いながら新聞紙を拾った。

「何に躓くんだよ。」

涼太も腰をかがめて、僕が落とした新聞紙を拾う。いつもより声が低かった。ヤヨちゃんは涼太の後ろに立ったまま、無表情で俯いている。本当に軽蔑されたのかもしれない。

「今来たとこ。良かった。二人とも見つかって。」

僕は明るく言いながら、二人の会話なんて全然聞いてないよって装った。

新聞紙を拾い終わって、涼太は教室から自分の鞄を取ってきて、「着替えるだろ。先に帰ってる。」ってヤヨちゃんに言った。ヤヨちゃんはなんにも言わなくて、涼太は僕にも「じゃあな。」と言って、廊下を歩いていってしまった。

「ヤヨちゃん。着替えるよね。僕はこのまま帰るから。待ってようか?」

ヤヨちゃんはクルッと振り返って、自分の席の方に向かって行く。僕もその後ろから続いて、教室に入った。
ヤヨちゃんは着替えをしないで、サブバッグに制服を雑に詰め込んだ。ヤヨちゃんもこのまま帰るのかな。
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