「槙野だったら、何味にする?」
「ヤヨちゃん…。」

何も言ってくれないヤヨちゃんを僕は呼んだ。懇願するような声だった。

「いつから?」

「え?」

「いつから居たの。」

制服を詰め込んだサブバッグのファスナーを閉めて、両手を乗せたまま、ヤヨちゃんは僕を見た。どういう感情なのか、よく分からない表情だった。

「だから、今、だよ。教室の明かりが見えて、やっと二人を見つけたって思ってさ。ちょっと走ったら足が絡まっちゃって。ダサいよね。」

僕はおどけて見せた。でも、ヤヨちゃんは僕の言葉を遮るように「嘘。」って言った。ヤヨちゃんの声じゃないみたいだった。

「なんで…。」

「だって槙野、嘘をつく時いつも、右の耳たぶ触るもん。気づいてなかった?」

気づいてなかった。確かに今、その態勢を取っているって気がついて、耳からパッと手を離した。
僕は、ヤヨちゃんだって涼太に嘘をついたくせにって、ヤヨちゃんに初めてかもしれない反抗心が生まれたけれど、言わなかった。言えなかったんだ。だってヤヨちゃんは今すごく傷ついているんだと思うから。

「ごめんなさい。本当に聞くつもりじゃなかったんだ。二人を探してたことも本当。教室の前まで来て、なんかちょっと雰囲気的に入りにくくなっちゃって。盗み聞きみたいなことして、ごめん。」

ヤヨちゃんは黙って最後まで聞いてくれて、それからゆっくりと息をついた。机のサイドに掛けてある鞄を取った。
サブバッグとまとめて机の上に置いて、ヤヨちゃんは俯いて、言った。

「りょうちゃんってさ、槙野のことが好きなのかなって、時々思うんだよね。」
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