Ephemeral Trap -冷徹総長と秘めやかな夜-
男の子にこんな風に触れられることなんて滅多にないので、途端に心臓が暴れ出だす。
「……ありがとう……」
こんなことでドキドキしているのがバレないよう平然を装って、サイドテーブルのグラスに手を伸ばした。
そっと口に含んだ水が、体内に冷たさを与えて落ちていく。
息をついて、わたしは遠慮がちにもう一度、本条くんを見た。
「……あの。いったいわたし、どうしちゃったの……?」
どうして、本条くんの家にいるんだろう。
わたしたち、話したこともないはずだ。
それなのに本条くんは、わたしのことを平石さん、だなんて呼んでいた。
まるで、わたしのことを知っているかのように。
「なにか、思い出せることはある?」
「……思い出す……?」
——なにを?
突然の質問に、わたしは眉をきゅっと寄せた。
なんとか記憶を辿ろうと、頭の中にかかった白い靄を払おうとしてみる。
少しの沈黙が降りて、
「——ごめん。やっぱいい。俺が説明する」
思い直したように、本条くんは言った。
「連絡があったんだ。聡学の生徒が、なぎ高のやつらに絡まれてるって」
なぎ高……。
それは、この中央区にある、聡学とはまた別の意味で有名な、那桐高校のこと。
“なぎ高”だなんて可愛らしい略称にはそぐわないような、生徒のほとんどが不良の男子校。
もともと西区一帯で顔を利かせていたようで、東区と合併された今でも、彼らの横暴な態度は続いている。
このあたりで学校間の揉め事が多いのも、なぎ高の人たちが喧嘩っ早いことが原因のほとんどだ。