Ephemeral Trap -冷徹総長と秘めやかな夜-
……助けてくれたあの人のことは、なぜだか言えなかった。
自分の心に閉まっておかないと、もったいないんじゃないかって。
話してしまったら、あの人にまた会えるかもしれない機会を、神様に奪われちゃうんじゃないかって。
そんな不思議な心地になったんだ。
夢と現実の境での、できごとのような……。
どこか儚いもののように感じられた。
「ほら……普通の、変な人だったかもしれないし」
「なにそれ。普通なのか変なのか、どっちだよ」
「あれ、そっか。……そうじゃなくて、普通の不審者って言いたくて……」
「不審者に普通も異端もないと思うけど」
ばっさりときられてしまい、うう、と口ごもる。
ガラス越しに流れる景色を見ていた本条くんの瞳が、わたしへと移された。
「相変わらずだね。平石さんは」
「どういう、意味……」
「クセになる、ってこと」
本条くんは肘掛けに頬杖をついて、わたしに少しだけ顔を近づけた。
まぶしさを感じるほどの端麗な顔に、意地の悪い微笑みが浮かんでいる。