Ephemeral Trap -冷徹総長と秘めやかな夜-
もうやだ。
逃げたい……。
そう思ったとき、
「可愛ーな、お前」
降ってきた言葉に、心臓が握りつぶされるんじゃないかと思った。
痛いくらいに胸が高鳴って、苦しい。
……この前は、わたしのこと「あんた」って呼んでたのに。
今は「お前」に変わってた。
たったそれだけの変化が、すごく嬉しい。
錯覚かもしれないけれど、少しだけ彼に近づけたような気がした。
「今、時間ある?」
訊かれて、顔を隠そうとしていたことも忘れ、説明を求めるように彼を見上げた。
「あんなら、俺にちょーだい」
まるで、悪いアソビにでも誘うときのように。
悪戯な笑みを向けてくる彼に、……わたしはほとんど反射で頷いていた。
つい先ほどまで西日で明るかったはずの空は昏れかかり、いつの間にか、冷たげな灰色へと変わっていた。