Ephemeral Trap -冷徹総長と秘めやかな夜-
よろけたわたしを支えながら、こちらを見下ろす彼が不敵に笑う。
「こんだけすれば、初めてとかどーでもよくなっただろ?」
なだめるように言われて、わたしはくらくらしてなにも言い返せなかった。
自分が、彼の名前を教えてもらおうとしていたことさえも忘れて。
その場で膝から崩れ落ちそうになるのを堪え、立っているのがやっとなくらい。
……ファーストキス、だったのに。
心の内で、漠然とそう思う。
けれど傷ついるかと言われると、少し違うような気がした。
はっきりしていることはひとつだけ。
はじめての相手が彼なんだっていうことに、ただひたすらに、ドキドキしてるってこと。
「みお」
目を合わせるのも恥ずかしかったものの。
熱っぽく名前を呼ばれれば、つられて、おずおずと見上げるしかなかった。
「……明日。このくらいの時間になったら、下に降りてこいよ」
返事を求めるようなことはせず、彼はそれだけ言うとゆっくりとわたしから離れた。
腰に回っていた手がするりといなくなる。
「待ってる」
月明かりの下。
わたしに与えられたのは、とびきり甘い痺れと、頼りないただの口約束。
名前も、年齢も、所在も……わからないことだらけでも。
彼という存在がわたしの心を支配してしまうのには、じゅうぶんすぎるほどだった。