【書籍化】婚約破棄された悪役令嬢ですが、十歳年下の美少年に溺愛されて困っています
 でも、泣いてはいけない。ここは最も格式高い夜会なのだ。
 わたしはすべての想いを込めて、できるだけ優雅に見えるように微笑んだ。

「……アーリア」

 会場がなぜかざわめいた。
 ひそひそとささやく紳士淑女の声が途切れ途切れに聞こえる。



「あれが……紫水晶の君……」

「なんと美しい」

「あれでは……お若い殿下は敵うまい」



 え? なんか陰口の方向性がおかしいんだけど? あれ?

 セドリックは、たぶんわたしだけがわかるちょっとイラッとした笑顔で、わたしの白い長手袋の甲にそっと唇を付けた。

「僕だけのものだからねっ」

 今度こそ、誰にも聞こえないような声でつぶやく。その瞬間だけ子供の顔が戻ったようで、少し可愛らしかった。

 だから、わたしもセドリックの耳もとで、聞こえるか聞こえないかというくらいの小声でささやいた。

「はい。あなたも、わたくしだけのものですからね」

 セドリックがふるっと体を震わせた。
 見る見るうちに顔が真っ赤になる。寄り添った胸の鼓動が速くなり、息が少し上がっているのがわかった。

「アーリア、勘弁して……。一刻も早く連れて帰りたくなる」

「それは……難しいかと」

「もうっ、わかってるよ。さあ、踊ろう」

 大広間に流れる音楽が、しっとりとした静かな曲調に変わっている。わたしたちは体を寄せ、ゆるやかにステップを踏んだ。

 周囲の視線が生あたたかく感じられて、少しいたたまれなかった。





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