【書籍化】婚約破棄された悪役令嬢ですが、十歳年下の美少年に溺愛されて困っています
「…………」

「どうしたの? 何か困っているのかしら。妖精さん、わたくしにお手伝いできることはある?」

 少年はわたくしの差し出した手を取って、小さく上品に微笑んだ。

「うれしくて迷子になってしまったの」

「そうなの。いったい何があったの?」

「あのね、マナーの先生におもちゃをあげたら、びっくりして、大きな声で『出ていきなさい!』って」

「まぁ。どんなおもちゃ?」

「ネズミ! お勉強が終わりになってうれしくてお庭を走っていたら、知らないところに来ちゃった」

 わたくしは思わず吹き出した。
 厳格なマナー講師があたふたしている姿を想像して笑ってしまう。作り笑顔ではない、本当の笑い声を上げたのは久しぶりのことだった。

 少年もきらきらした瞳でわたくしを見上げて笑っていた。





 その後もその少年、セドリックとの交流は続いた。

 初めて会った時の妖精めいた儚げな印象とは異なり、彼は物怖じをしない性格で、とても甘えん坊。
 王宮のあちこちで、たまたま居合わせたセドリックに声をかけられ立ち話をするだけの間柄だったが、気を張らずに話せる彼との会話は心地よかった。

 政略の婚約をしたばかりのわたくしと幼い彼。
 この時は、この薔薇園の妖精と契りを結ぶことになるなんて夢想だにしなかった。



 これは、まだわたくしが『悪役令嬢』として目覚める前の、ある日の出来事……。



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