アディショナルタイム~転移門・皇子叙事~

次期皇帝の口付け

無音の空間に
嘔吐く彼女のくぐもった吐息が
漏れ出て、
僕は角度を変えて
逃げる音を自分の口内に
塞ぎ付ける。

「ふう"、ぅっ、、はぁっ、」

僕の罪作りな性は
もしかしたら
母親ゆずりなのかもしない。

彼女の雫を舐めとるままに
今度は
肩口端を啄んで
上唇をなぞれば下唇を擽る。

「ん、っく、ん」

僕の母親、、

大公令嬢暗殺計画罪で捕らわれ、
地下牢の最奥古代魔法陣の中
父親である
王弟将軍の手にて
斬首された 女。

マイーケ・ルゥ・ヤァング。

当時推定22才。
王弟将軍討伐により心身は消滅。

旧ウーリウ藩で目覚ましい
城下改革を推進した
宰相補佐女官は
元市民権さえない放浪の
異世界者だった為、

旧カスカス王領国民ならば
生まれながらに授かる
魔力を全く持っていなかった
と記録されている。

「ル、、ウ、、?、!」

僕の所業に
驚き惚ける彼女を無視して
そのまま
執拗に彼女の唇を
刺激するように
反対の口端を
舌で
斜めに舐め上げる。

奇跡だと言うが、
僕が神の子と言われるのは、
父上から生まれたからだ。

ありえない?
ありえないと思う、自分でも。
間違いなく
男性である父親から

僕は生まれた。

「んんっ、、っ 」

唇にうける感触で
彼女の軽い吐息が吐かれて
口蕾が薄く開く。


彼女の母は、
僕の母
マイーケ・ルゥ・ヤァングの
側使魔導師となり
流浪時代から支えた
魔力変異種の平民で、

僕の母と彼女の母の出会いは
あの浜辺だった。

生きる為に
巡礼ギルドに籍を置いて
海底ハントに潜っていた
平民以下の間柄。

そんなルーツの母を
互いに持つ僕らは

きっと普通の貴族じゃない。


「んうぅん。」

ゆっくりと横から口付けて
頬の内側、歯茎、味蕾を少しずつ
舌で撫で触れる。
悩まし気な息が零れて

『ツーーー』

離した口と口に唾液が繋がり、
それを追って
唾液を絡めとるのに
もう一度 彼女の唇を噛む。

僕達の
母親は
平民よりも低い身分で
僕の母は
罪人として記された。

それが
覆ったのは
上位貴族で最優国魔導師であった
ザード・ラジャ・スイランと
彼女の母親が
結婚した事で貴族籍に
入った事からだ。

生まれた僕。そして彼女。

魔力を持たず
王弟将軍自ら産み落とした
息子の後ろ楯と
実権魔力の伴侶として
膨大な魔力を持つ故に

幼子の内に婚約を結ばされた
彼女。


本土貴族には
影では卑しき混血児と
散々揶揄される
僕達は、
自然と
藩島城下に降りる様になる。

よっぽど
民草に混じる方が気楽で、
そのまま母親達の元の身分に
戻りたくなったのは
僕だけだろうな。

そうして
生理的な雫を瞳に滲ませ始めた
彼女の黒い瞳を
眺めながら

唾液を誘うかに
己の舌を
彼女の口から引き出して
もう一度味わいながら
深く舌を口内に挿入する。

さっき見留めた
目の前の耳朶で揺れるピアスは
僕が彼女に
触れる事を止めた時に
渡した物。

貴族の情念は間接的だと思う。
例えば、相手に贈る
宝飾や衣服に欲を乗せる
のだから。

「は、は、うぅ、、」

ゆっくり
挿入した舌先端で
上顎を何度もよがるように
舐め回して
意図して舌裏の筋を
擦り
追い込めば
互いの体がしだいに腰元を揺らし
それを合図にして
今度は
柔らかな左右の舌付け根を玩ぶ。

それでも
相手に自分の髪や瞳の色を
纏わせて、独占欲を露にする
やり方さえ、
僕には卑下た行為だった。

柔らかく
何度も奥に舌を出し入れし
舌先を遊ばせ、
すぼめた舌を彼女の舌下に
入れこみ少し吸うだけで

今度は己の口内に取り込んで
きつく絡める。

だってそうだろ?
僕の髪は父親と同じ銀月色。
僕の瞳は母親と同じ黒。

どちらも魔力が豊富である
証の色のくせして
魔力がないんだから。
こんな滑稽な色、
彼女に纏わせて周りに見せる
趣味は僕には
ない。

彼女が口内で断続的に
音にならない
色鳴きを上げ始めれば
もっともっと
奥まで舌を入れ込み
何度も口蓋を悪戯して、

唾液腺の神経を支配しつくす。
感帯だけで

脳が達する。

その証拠に唾液が、だらしなく
彼女の口端からダラリ溢れ。
僕の指跡をつけた喉が

キュッと締まった。

「あ、あ、」

喘ぐ振動が口に伝わって滾る。

閨事の教授で聞いた
最後の感帯を支配する行為。

「、うっ、っ、」

湿りった呻きだけで、
弛緩した身体を僕に委ねる彼女。

魔力は無い僕が、
最力の魔力を持つ魔導師を
征服した。

「次代皇帝口付けは
どうだった? 濡れただろ?」

再び
幻術で優男風の姿に
メタモルフォーゼをして、

震えながら
腰から砕け落ちる彼女を見る。

「解消の条件と慰謝料だよ。」

民の恋愛は早熟だ。
海を近くに、裸同然で潜る
幼子は自然と海で戯れるように
なって、
成人前には情を交わす。

貴族では考えられないが、
それが過酷な生存の市井で
次代を残す流れであり、
自由で、
本能的で
悩ましく羨ましい。

「スイラン嬢、息災で。」

それだけの言葉を投げて
彼女をそのまま
テラスの床に置いて去る。

横暴で勝手な元婚約者の皇子で
いい。

初めて達する快楽を植え付けた
酷い幼馴染みで
いい。

青くて
花のような潮の香りが漂い、

眼下に揺れていた
無数のランタンが目の前を
登っていくのが視界に映る。

彼女が張った結界が溶けたのだ。


「いつの間にか 終わりか。」

呟いて、
テラスを出ようと動かした
僕の足先にコツンと落とされた箱
が当たる。

未だ立てない彼女が
僕に渡そうとしていた箱。

拾い上げると、
彼女の耳朶のピアスと
同じ
レインボーコーラルのカフスで。
それを
何も考えずに
胸元のチーフ差しに入れた。

下がらせていた
護衛から
一際大きく明るい
自分のランタンを受け取り、

僕は

たった1人
空に向かって

長く燻り続けた欲望を
断ち切り、飛ばした。

僕は明日、
このウーリウ衛星島を出る。


『さよなら、全ての最愛。』


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