メメント・モリ



『昨日、正午過ぎ、渋谷スクランブル交差点の中心で、男性が倒れ、その後、消えてしまうという現象が発生しました。目撃者も多数いて、また、防犯カメラにその一部始終が映っておりましたが、男性の行方は分かっておらず、何も分かっていない状況が続いています』


寒い冬の日曜日だった。朝のニュース番組を、ただ何となくつけて、家事をしながら流し見ていた。フェイク動画かと思ったけれど、どうやら違うらしいということは、徐々に分かっていった。


『各地で、人が消えるという事件が多発しています。警察はこれを、渋谷のスクランブル交差点での事件とともに、集団誘拐などの線を入れて捜査に取り掛かっています。
ニュース12では行方不明の方々のご家族にインタビューをしてきました』



『消えたんです。どこかに行っていなくなってしまったというよりも、目の前で綺麗になくなってしまったんです』


初老の女性が、そう答えた。
それは、仄暗い影のようだった。そうしてそれが、ゆっくりとわたしたちの生活に忍び寄ってくることが恐ろしかった。


それが感染症であると分かったのは、もう随分と人々の間で広まってしまった後だった。ほんの少し降った雪が、翌朝には溶けてしまったように、ほんの少しの時間でそれは広がったのだ。


それにかかると、人は空気になってしまうらしい。そうして、その空気を吸うと、また、同じように空気になっしまうのだと言う。それを発見した学者はもう、逝ってしまった。空気になってしまった。


桜が咲く季節になる頃には、世界中の人口は激減し、空気中の酸素濃度が上がった。人々は外出を控え、それにより経済は低迷。そして、人手が減ったことにより、整備された街は荒れていった。
みんないなくなってしまった。

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