メメント・モリ

彼とわたしの時間は余り残っていなかったから、わたしたちは飲み食いもせずに、ただずっと話をしていた。出会ったときの話、家族の話、夢の話、アパートで見たオリオン座流星群の話。話しても話しても尽きることはなかった。眠るときは、一枚の布団に寄り添って眠った。わたしたちにはそれしか出来なかった。


ある日彼は部屋の隅にあった脚立を扉の下に置いて、それを登った。内から閉めてあった鍵を開け、扉を開いた。その後に、上から吊るされていた梯子を引き上げて、外から鍵を閉めた。わたしは、待って、と叫んだ。彼は閉める前の一瞬に、わたしの薬指を握った。


そのまま彼は、四つの窓の内、東側の窓の前に立った。彼は、日の出が一番好きだったから、きっとそのせいだろう。わたしは窓を叩いた。彼はもう死期を悟っているのだと思った。だけど、戻ってきて欲しかった。


「おれは、空気になるよ」


彼は何故だか、清々しい顔をしていた。わたしにはその気持ちが分からなかった。窓を叩いた。非力なわたしの力では窓は割れなかった。いや、実際は、割りたくなかったのかもしれない。

< 9 / 12 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop