ここは確かに、空だった。
そんな、他愛ない話をしばらく続ける。自宅で祖母とこたつを挟んでこんな風に会話していた頃を思い出す。

祖母も自分も変わらないのに、ここが自宅ではない事実に無性に泣きたくなる。

(もう……あの頃には戻れないのかな)

無意識に指輪へと手が伸び指先でもてあそぶ。芳江はまた笑みを深くし、もぞもぞとベッドから身体を起こした。

「付けてるね、そのお守りさん」

芳江の目線が指輪に向かっている。こくりと頷き、あかりもやっと口元に笑みを浮かべた。

「大切な“天使の指輪”でしょ? 持ってるに決まってるよ」

高校生にもなって何を言っているんだ、と自分でも思うが、それでもそんな風に縋れる何かがあるということがあかりの心に安寧をもたらす。

運命的にあかりの元へ巡ってきたこの指輪をお守りと称して身につけることで、何となくではあるが一人でもやっていける気がした。芳江は困ったように口をへの字にしてため息を吐く。

「あんまりお守りさんに頼りすぎないで、あたしがいなくてもちゃんとやんなさいね。そういえば、進路はどうなったのかしらね?」

いじわるな質問に、今度はあかりが口をへの字に曲げた。

「別に……まぁ、進学は、するつもりだけど」

実のところ、あかりは高校三年生の一学期末の段階で進路が未定であった。高卒で就職する勇気と根性はないが、かといって行きたい学校があるわけでもない。

近くの短大にでも進学しようとは思っているが、願書どころかオープンキャンパスの情報にすら目を通していない。

目線を泳がせて数秒、あかりはそそくさと腰を上げ最初と同じようにスカートの裾を直すと、膝に置いていたバッグを肩にかけた。

「進路はまた決まったら私からお伝えしますって。さて、そろそろ時間かなぁ。もう帰るね」

「困った子だよ、まったく」

元あったようにパイプ椅子を畳むと、あかりはそっと壁に立てかけた。身体を起こしていた祖母を寝かせて布団をかけ直してやりながら、あかりはぺろっと舌を出して手を振った。

「じゃあね、また明日来るね」

最後にカーテンの向こうから顔だけ覗かせて、芳江に別れの挨拶をした。

「はいよ、気を付けて帰るんだよ」

芳江も同じように手を上げる。それを確認して、あかりはカーテンをきっちり閉め、病室のドアへと向かった。







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