伝説の男、黒崎天斗!

伝説の男、黒崎天斗!第33話

天斗の名声は回り回ってこの次期新入生達の間にも広まっていた。そして男子も女子も、良い意味でも悪い意味でも天斗狙いで入学希望するものまで出ていた。
黒崎先輩…黒崎先輩…黒崎先輩…女子の好意の眼差しを薫は感じ取っていた。そして憧れの眼差し以外にも、敵対心の視線も多く、黒崎…こいつに勝てば…俺は一気に有名人になれる…黒崎先輩…俺はこの人に弟子入りするぞ!…黒崎先輩は誰にも手出しさせねぇ!それぞれ色々な思いを胸に入学を楽しみにして、今日ここに訪れるのであった。

「何か質問とかあったら遠慮なく言ってね!」

小山内が言う。女子達がざわつく…そして女子の一人が…

「あ…あの…黒崎先輩って…好きな人とかいるんですか?」

女子達の間で小さな声でキャーキャーと声が上がる。それを見ている薫の顔も怖いが…男子達の表情も更に恐ろしい…


「ただいま~」

天斗は帰宅して玄関を開ける。そこには若い女性と思われる靴が置いてある…お客さんか?

「リビングで顔を覗かせると、そこには母と理佳子の姿が…

「理佳子~!来てたのか!」

「お帰り、たかと君!」

「理佳ちゃん、今日サプライズで会いに来てたんだよ!あんたの噂してたの。天斗をずっと面倒見てあげてって…」

その時、薫が天斗の後ろから顔を出す。

「こんにちは~」

天斗の母は固まってしまった。

「あ…あの…これちょっとタイミング悪かったかしらねぇ…理佳ちゃん来てるのに…あの…」

母さんは凄く動揺している。それを見て薫が

「おばさん、お久しぶりです。薫です…」

「え?………かおりさん?お…お久しぶりです…ごめんなさい…ちょっと私…ど忘れしてるのかしら…」

「おばさん、従姉妹の薫です!」

「あぁ!あの薫ちゃん!?えぇ!ほんとに?見違えるほど美人になったわねぇ~!あのときはまだ幼稚園だったもんねぇ… 凄く懐かしい!おばさんのこと覚えてる?」

「はい…よく覚えてます。色々お世話になりましたから」

更に後ろから

「あの…こんにちは…小山内です…俺も居ましてすみません…」

「あっ…こんにちは、初めまして…天斗のお友達?」

「母さん、小山内は俺の相棒とも呼べる奴だよ」

「あら、そう!それはいつも天斗がお世話になっていて」

「いえ、そうなんですよ…」

「天斗は抜けてるところがあるからよく見てやってねぇ…」

「え?どの辺ですか?」

小山内は俺の頭を見回して

「大丈夫そうですけど…黒々してます!」

薫が

「バカ!そこじゃなくて…」

「あっ!そうか!」

そう言って俺の肩をポンと叩き

「大丈夫か?気をしっかり持て!」

「魂の話じゃねぇよ…」

俺は即座にツッコミを入れる…

小山内は緊張して頭がパニクり冷静な判断が出来ずにいる…ということにしておこう…薫はそう自分に言い聞かせる…

「理佳子、何で来るなら来るって言ってくれなかったんだよ…理佳子来るなら学校なんか行かなかったのに…」

「だって…サプライズでって思ってたから…」

「サプライズ?って?」

「ほんと鈍いよね…バレンタインじゃん…」

薫が言う。

「あっ!そうか!今日バレンタインデーか?俺はそういうの縁が無かったから忘れてた…」

「じゃ、うちらはお邪魔だから行こうか?」

薫が小山内の腕を引き帰ろうと促す。

「私は全然大丈夫だよ…」

理佳子が言った。

「そう?じゃあせっかくだし…」

小山内が空気を読まずに居座ろうとする。

「理佳子ちゃん、さっきさぁ~、新入生が黒ちゃんに…」

ドスっ

「うっ…」

薫が小山内の脇腹をド突く。

「いいから帰るよ!」

これ以上小山内がやらかさない内に退散しようと薫は強引に小山内を引っ張っていき

「お邪魔しましたぁ~」

そう言って二人は家を出ていった。

「何だか賑やかそうねぇ…いつもあんな感じなの?」

天斗の母が言う。

「ま…まぁな…いつもコントみたいな感じだ…」

「たかと君楽しそうだね」

理佳子も笑いながら言った。

「いや…どっちかって言うと…正直疲れる…」

「天斗お腹空いたでしょ?理佳ちゃんも一緒に夕飯にしましょうね?」

「ありがとうございます。」

「じゃ、用意出来たら呼ぶから」

二人は天斗の部屋でくつろぐ。

「理佳子、ビックリしたよ…」

「たかと君、凄く会いたかった…」

理佳子…
たかと君…

二人は抱き合い熱いキスを交わす。

「たかと君…私…前にたかと君が助けに来てくれた時…たかと君が変わっちゃったことに凄く淋しい気持ちになったの…」

俺は自分自身でもその事で悩んでいた…理佳子に言われたこと…そして薫から教わった言葉…自分の中で複雑なものが胸を締め付けてきて、俺を苦しめていた。だから理佳子からそう切り出されたとき…俺は暗い気分になった…

「うん…」

「でもね…それは私が薫に嫉妬してただけなんだって気付いて…たかと君に責めるようなこと言ったけど…ごめんね…たかと君は何も変わってはいなかったんだよね…ずっと私のことを強く想い続けてくれてたんだよね…だから、それを謝りたかったの…」

「理佳子…」

俺は理佳子の言葉に救われる思いだった…俺は怒りで我を忘れて石田にやり過ぎてしまった…もし、あの時重森が俺を止めなかったら…最悪の事態になっていたかも知れない…敵にも…情けは…必要なんだ…怒りの感情に呑まれて拳を振るえば…それはただの暴力でしかない…俺は人を傷つける為に力を欲したわけじゃないんだ…

「理佳子…ありがとう。あれからずっと俺は悩んでたんだ…俺のしたことは…正しかったのか、間違っていたのか…でも、何か答えが見えてきた気がするよ…俺は、理佳子を守れる力があればそれだけで十分…お前を…あい…」

そう言いかけたとき

「ご飯出来たよ~!」

下から母さんの声が飛んで来た。

「フフっ…行こ、たかと君」

「あぁ…」

二人は照れ笑いをしながら階段を降りていく。


「ねぇ、かおりん…かおりんの両親って何してる人?」

「……………」

二人は黒崎家を出て 街を歩いていた。

「かおりん?」

「んー…母ちゃんは…病気で入院してる…ずっと…」

「何か重い病気なの?」

「………難病で、治ることはない」

薫は小山内に嘘を付いた。薫は母のことを語りたがらない。真実を知っているのは、亡くなった剛と伝説の黒崎だけだった。

「父ちゃんは?」

「父ちゃんは…母ちゃんと離婚して独りで暮らしてる」

「そっかぁ…かおりんのところも色々大変なんだなぁ~」

薫はこれ以上自分の家族のことを詮索されたくなかった。

「かおりん…淋しい時はいつだって俺が側に付いていてあげるから!」

「清…」

私は…あんたのそういうところが好きだよ…色々辛い事ばかりで人生何度も終わりにしたいって思ってきたけど…今は清のお陰で凄く楽しい…あんたは本当に太陽みたいな人だよ…

「ねぇ、清。今度ライブ見に行かない?実は知り合いがさ、バンドやっててライブハウスでちょくちょくライブやってるんだ!」

「あっ!それはもしかして!あの地下にあるライブハウスじゃない?」

「うん、そうだよ!」

「いいよ!行こう!」

清…その温かい光でずっと私を照らしていて…私の闇を照らしていつも私を包んでいてね…私だって…好きでこんなどん底の人生送って来たわけじゃ無いんだよ…ずっと…愛情が欲しかった…たかとや、理佳子みたいに…幸せな家庭で…親の愛が欲しかった…清…あんたの家庭に…私も入りたい…

「清…家に…来る?」

「え?いいの?」

「うん…家は兄貴と二人で暮らしてる。兄貴はいつも仕事で居ないから…」

「そうなんだ…かおりんはいつも淋しいんだね…」

「じゃ行こ!」

そう言って二人は手を繋ぎ薫の家へ向かった。

「ここが、私ん家…」

そこは古いアパートで、少し老朽化が進んで鉄の階段はあちこち腐食している。薫は玄関の鍵を開けて

「入って」

小山内を部屋に通した。部屋の中は日当たりが悪く日中なのに薄暗い。間取りは2DKで部屋はタンスなどが狭い部屋を圧迫している。

「ごめんね、むさっくるしい部屋で…兄貴が稼いだお金で私を学校に通わせてくれてるから貧乏でさ…」

「かおりんも苦労してるな…」

「清…これ…」

そう言って薫は小山内に小さな包装されてるものを渡した。

「これは?」

「バレンタインデーでしょ?」

「ハニー~~~!」

早速小山内はその包装を開けて中を確認する。

「かおりん…ありがとう!」

ハート型の可愛らしいチョコレートだった。

「清…三倍返しだよ!」

薫は笑いながら言った。

「全て俺の愛情で返す!」

「えぇ~!」

「俺が全力でかおりんに愛情注ぐよ!」

薫は嫌そうな表情を見せながらも、内心はどんなものより嬉しい言葉だったのだ。


「理佳子、今日はどうするんだ?」

夕食を終えて天斗の部屋で二人はベッドに座っている。

「どうって…」

「今日は家に泊まっていくのかって…」

「ごめん…明日朝から用事があるから帰らなくちゃ…」

「そうか…じゃあんまり遅くなるわけにはいかないな。駅まで送ってくよ」

「ありがとう…たかと君…」

「ん?」

「これ…バレンタインだから…」

理佳子は恥ずかしそうに天斗に差し出す。

「ありがとう!開けてもいいか?」

「ダメ!後で開けて…恥ずかしいから…初めて手作りチョコ作ったの…」

「手作り?そうか…わかった、ありがとう!」

二人は見つめ合う。
理佳子…ほんとに可愛いなぁ…
たかと君…大好き…
二人は抱き合い唇を重ねて

「行くか…」

「うん…」


駅に到着して電車を待つ。

「理佳子、マフラー温かいよ」

「へへっ。頑張ったもん…」

ホームに電車が入ってきた。

「じゃ、また連絡する」

「うん…私も…」

理佳子を乗せた電車が遠くに見える。家に戻って理佳子がくれた手作りチョコを手にする。

「理佳子…」

型に入れて作られたそのチョコは、優しい甘い香りがする。そして…紙が添えられている。
たかと君…ずっと私だけを見て。大好きだよ。
当たり前だろ!お前だけを見てるよ!お前への愛を貫くつもりだ…必ずお前を…

理佳子は電車に揺られながらボーッと考え事をしている。たかと君…いつか…私を迎えに来て…あなたとずっと一緒に居たいよ…今だってほんとは離れたくないのに…いつか…あの約束…私をたかと君のものに…


「かおりん…」

小山内は制服のズボンを履きながら何か言いかけたが

「清…何も言わないで…」

薫も私服に着替えてそう言った。この二人の間に濃密な愛の時間が流れた後のことだった。そしてその気まずい空気を変えるために

「清…もうすぐ兄貴帰って来るかも…」

「そうなんだ。じゃあ、挨拶した方が良いよね?」

「ううん、多分会わない方が良いと思う…」

「え?どうして?」

「…妹の彼がここに一緒に居るって、兄としては複雑な想いだと思うから…こんな私を一生懸命親代わりしてくれてるから、余計な気を遣わせたくないんだよね…」

「そっか…じゃあ…今日はもう帰った方がいいみたいだね…」

「ごめんね…今日は…………また月曜日ね…」

「うん…かおりん…ありがと」

「うん…」

ぎこちない二人の会話が続いたが、小山内は玄関の方へ向かって歩いていく。

「じゃ、」

「うん…清…大好きだよ…」

小山内はニコッと笑顔を返し玄関のドアを開けて出ていった。

かおりん…今まで生きてきた中で一番幸せな日だったよ…小山内は少し前の時間を振り返りながらニヤニヤしていた。純粋に薫と心も身体も繋がった感覚を思いだし、薫に対して更なる愛情が深まった。俺が…かおりの寂しさを全部埋めてやる…

清…あんたは本当に優しいね…大好きだよ…薫も小山内の優しさに心から信頼を寄せていく。
その時、玄関の方からガチャッと音がした。

「兄ちゃんお帰り~」

薫は玄関の方へ兄を出迎えた。

「どうしたんだよ…珍しいな…お前…最近…」

そう言いかけて矢崎透は薫の顔を見つめる。

「なに?」

「そうか…どうやらお前、吹っ切れたみたいだな…」

そう言って意味深に微笑んで自分の部屋に入った。矢崎透は薫の悲しい過去を知っている。ずっと兄として妹を案じていたのだ。薫の陰が消えてホッとしていた。お前の凍った心を溶かした男はどんな奴なんだ?
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