伝説の男、黒崎天斗!
伝説の男、黒崎天斗!第50話
事務所を出た一向は、誰一人死者が出なかったことに驚く。暴力団相手に真っ向からド派手に暴れて、佐々木日登美を救出し生きて帰れるなど保証も無しに攻め込んだのだから無理もない。そして今後の報復もしないと約束させた矢崎拳の器の大きさに全員が脱帽していた。
「あのオッサン…正直恐かったぜ…あれがもしヤクザ側だったらあんなに堂々とものも言えなかったかも知れねぇ…」
そう言ったのは天斗だった。
「確かにな…俺も初めてかおりちゃんの親父見たけど…オーラが半端ねえよ…ヤクザの山口って奴がおどおどしてたもんな…」
小山内も目をキラキラさせながら憧れの表情でそう言う。そこへ石田が天斗の元へ近寄ってきた。
「なぁ黒崎…今回の件は…ほんとにありがとな…お陰で佐々木を家に帰してやれるよ…でもあいつ…家庭環境複雑で帰っても幸せってわけじゃ無いんだけど…それでもあのまま生き地獄見るよりはマシだと思うよ。佐々木の代わりに礼を言わせてくれ…」
「別にこっちは重森を助けたかっただけだから礼なんて要らねーよ!ついでだ、ついで」
そして、伝説黒崎も近寄ってきた。
「おい、薫は結局どうしたんだ?」
「そりゃここに居合わせたらあいつ一人で勝手に地獄に堕ちて行こうとするから監禁したよ」
天斗が言った。
「はぁ?あいつを監禁?そんなこと出来るのか?」
伝説黒崎が目を見開いて聞いた。
そこへ小山内が
「俺の母ちゃんがな!俺の母ちゃんはその昔、伝説のレディースと怖れられた女らしい…そしてあの矢崎拳は英雄としておがめられたって言ってた」
「多分それ、あがめられただな…」
伝説黒崎のツッコミに小山内は顔を赤らめた。安藤も天斗、小山内の元へと近づいて
「なぁ、お前らこの間は悪かったな…そしてそこのバカ…生きててくれて良かった…あの時の言葉は感謝してるよ…」
それは安藤が小山内に向けて言った言葉だった。安藤が意識を失ってるフリをしてたとき、小山内は寛大な心で安藤を許した。それが安藤の善意に深く訴えかけたのだ。安藤は小山内に心から感謝していた。薫の仲間達も天斗の側に来て
「なぁ、姉さんを守ってくれてありがとう…まさか姉さんの親父が現れるとは想定外だったけど…これで俺達も安心して眠れるよ」
「お前らの為じゃねーよ!小山内の将来の嫁を守りたかっただけだ!」
「えええええぇぇぇぇぇ~!!!!!こいつの~~~~~?????」
全員が一斉に声を上げた!薫に結婚相手が見つかるとは誰しもが思っても見なかったのだ。ましてやこの伝説のバカというこの男と…伝説黒崎だけは複雑な思いでそれを聞いていた。
小山内家では薫がくしゃみを連発していた。
「お母さん、やっぱり心配…じっとしてられないよ…」
その時吟子に電話がかかってきた。吟子が携帯を手にし
「あっ!早速報せが来たみたいだよ!」
そして電話に出る。
「もしもし?吟子です~、はい…はい…あらそう~…ありがとう!やっぱり流石は拳さんねぇ~!これで薫も安心するわ、えぇ、えぇ、はい、どうもありがとうございました」
そう言って電話を切った。薫が不思議そうな顔をして
「お母さん…もしかして…」
薫の目には涙が溜まっていた。
「そういうこと!もう全て無事に片付いたって!今後の心配の芽も摘んだから心配要らないって!」
「お母さん!」
薫は立ち上がり吟子の胸に飛び込んだ。お母さん…ありがとう…父ちゃん…やっぱり父ちゃんって凄い…どんな魔法使ったのか知らないけど…まさかこんな結末迎えるなんて…信じられない…
「母ちゃん、ただいま~」
「ほら!いつもの日常がやって来た!」
吟子が薫に向かってそう言った。薫がクスッと笑って
「清お帰り~!」
薫が小山内に声をかける。
「かおりん…」
小山内はホッとした表情で薫を見つめた。
「母ちゃん…母ちゃんの言ってた奥の手ってやつ…めちゃくちゃ効き目あったぞ!ヤクザの山口って人が借りてきた猫みたいになってた!」
「山口?山口さんかい…そりゃ見たかったねぇ…あの拳さんに説教される姿」
「お母さん…あの人ってそんなに権力あるの?」
「権力?ハハハ!拳さんにはそんなもの欠片もないよ…あの人は…みんなを暖かく照らす太陽って感じかな…」
太陽…そうなのかな…あの父ちゃんが…
「そうなんだ…清みたい!」
「プッ…かおりん、それ言い過ぎ!この子みたいにバカじゃないから!」
吟子が笑いながら言った。
「母ちゃん!自分の息子だぞ!バカはやめろよ!将来の嫁の前で!」
「え?清…今なんて?」
薫が呆気に取られてそう言った。
「将来の嫁…黒ちゃんにそう言われて…」
「清…今の聞かなかった事にするから…」
薫が残念そうな表情で言った。
「え?何で?」
小山内はショックの色が隠せない。吟子がニヤニヤして
「清…違うでしょ?」
「え?何が?」
「プロポーズならプロポーズらしく言ってくれなきゃ受け付けない!」
薫がピシャリと言い放った。小山内はなるほどと言うようにポンと手を打った。
「わかったよ…」
そしてそれ以上小山内は何も言わなかった。吟子が立ち上がって
「さ、買い物してこよ!あんた達も一緒に行くかい?」
「うん!」
「うん!」
二人は同時に返事をし、出かける支度をしに二階へと上がって行った。
買い物を終えて三人は帰宅した。吟子は夕飯の支度に取りかかる。小山内と薫は二階に上がり、今日起きた出来事を薫に話していた。
そうなんだ…私…父ちゃんのこと誤解してたのかもしれない…父ちゃんは私達のことなんか対して興味が無いんだと思っていた。全く学校行事には顔を出してくれなかったし、そもそも人付き合いなんて無縁なのだと…冷たい人なんだと思い込んでいた。だけど、吟子さんの話を聞く限り、そして今回の件を清から聞く限り、父ちゃんは本当は凄く温かい人だったんだ…思い起こしてみると、薫が幼少の頃に高熱を出してぐったりしていた時、真夜中で診療所は全て閉まっていて病院を探し回ってくれたことがあった。そして救急病院でもない病院で必死に粘って交渉を続け、無理矢理診てもらったことがあった。あのときは熱にうなされ朦朧としてあまり覚えていなかったけど、かなり強引に病院の中へ押し入ったようだった。そういう熱い部分があったことを思い出す。父ちゃんに今度お礼を言いに行こう…そして、お母さんが今はもう恨んでいない…きっと父ちゃんに今でも気持ちがあるって伝えて上げよう…そう思っていた。その時吟子が下から二人を呼ぶ声が聞こえてきた。
「かおりん~、清~ご飯出来たわよ~!」
「はぁい!」
二人は下に下りて食卓を囲む。先ほど買ってきたオードブル等がズラリと並べられて幸せな一家団欒の食事が始まる。そして小山内の父が帰宅し賑やかな時間が過ぎ、薫は幸せなクリスマスイヴを過ごす。
その日の夜
「もしもし、理佳子か?」
理佳子はずっと天斗の心配をしていた。何の連絡もなく、ただ一人不安な気持ちで待つ時間はまるで永遠に続く地獄のような感覚だった。そして急に天斗から着信があって声を聞いた瞬間、理佳子は張りつめていた糸がプツンと切れたかのような感覚になり、ペタンと床に座り込んでしまった。
「……………」
理佳子はすぐには言葉が出ない。
「理佳子?どうした?」
「どうした?じゃないよ…」
そう言って涙がこぼれ落ちる。
「何も言ってくれないし…たかと君もかおりも様子おかしいし…タカはいつもと違うし…どんだけ心配したと思ってるの?たかと君の身にもしものことが起きたらって…」
そう言ってシクシク泣いている。
「理佳子…ごめん…でも、本当に何でもないからな?」
「じゃあどうしてクリスマスのこと何も言ってくれないの?私…凄く楽しみにしてたのに…」
「いや、ほんとにごめん…ちょっと忙しくて…まだ何もプレゼント用意出来てなくて…」
「そんなのどうでもいいの!プレゼントを楽しみにしてたんじゃないの!たかと君に会えるのを…このイベントに会えるのを女の子は楽しみなんだよ?どうしてわからないの?」
「いや…その…なんつーか…悪かったよ…」
「たかと君…私に隠し事しないで…そんなに心配させないで…一人で悩まれたら…返って辛いよ…置いてきぼりにされてる側の気持ちがわからないの?」
「理佳子…」
「私じゃ何の役にも立てないから?だから何も言ってくれない?そして、もしそのままたかと君に何かが起こってそれっきりだったとしたら?私どうすればいいの?もしあの時知ってれば何か出来たかも知れないとか…知ってるのと知らないのでは覚悟だって違ってくるんだよ?どんな状況でも私はたかと君の邪魔はしないから…だから隠し事だけはしないで…お願い…いつも側に置いて…」
理佳子が泣きながら訴えるその悲痛の叫びに天斗は涙が出そうになる。
「わかったよ…本当にすまないと思ってる…」
「もう今回のことは何が起きたのか聞かないよ…でも、たかと君のその様子からして…また何か危険な目にあったのはわかる…約束して…もう私を一人ぼっちにしないで…」
「あぁ、約束するよ…」
「明日は…会えるの?」
「もちろん!ゆっくり…会おう」
「うん…」
理佳子は電話を切ってその場に座ったまま放心状態だった。そしてタカが理佳子の膝元に居たのに気付く。タカ…
タカは理佳子にベッタリ甘えて理佳子の涙を舐める…タカありがとう…たかと君大丈夫だったみたい…もう心配要らないよ…タカはミャアオと鳴いて返事をした。タカって…ほんとに私の気持ちが全部わかってるみたい…いつもそうだよね?不思議な子…
年が明けて元旦、薫は久々に父、矢崎拳に連絡を取り、母の真紀と会わないかという提案をしていた。
「ねぇ、父ちゃん…この前はありがとう…なんか照れて言い出せなかった…」
「おう…お前のことかくまってくれたのは吟子ちゃんだったってな…」
「うん…吟子さん…凄く私を大事にしてくれてるよ…それでその息子と…」
「良いんじゃないか?お前がそれでいいと思った男だったら…俺はお前を信じてるから…」
「父ちゃん…父ちゃんあのね…この前助けてくれた高校生の中に居たんだよ?」
「そうか…沢山居たからな…どいつが薫のフィアンセかわからなかったな…だが、俺の昔馴染みの奴と堂々と渡り合ってた奴はなかなか見所があったように思えたが…」
「多分それは私の幼なじみの黒崎天斗って奴だよ…」
「……………」
この時矢崎拳は初めて自分の息子がその場に居たことに気付く。そして薫に対して後ろめたさを感じた。
「ねぇ、父ちゃん…お母さんのことどう思ってる?」
「うーん…そうだなぁ…母さんのことは…」
「父ちゃん…私、お母さんに会ったよ…そして色々教えてくれた。だから、だいたいの事情は知ってる…お母さんのこと…今でも気持ちはある?」
「……………」
「もし…もし…お母さんがまだ父ちゃんに未練があるとしたらどうする?」
「薫…もしそうだったとしても…俺は…母さんに合わせる顔がねぇよ…あの時俺は真紀を必死で探したんだ…そして…本当は居どころを掴んだんだ…だけど…」
「父ちゃん…お母さんを連れて帰ってあげなかったの?」
「……………」
出来なかったんだよ…本当は連れて帰りたかったけど…俺の過ちで出ていった真紀を…それは俺には出来なかったんだよ…あいつの気持ちを考えたら…
「お母さん…あの時は恨んでたかも知れないけど、きっと今は父ちゃんのこと必要としてると思うよ…会いたくない?」
薫…俺は…ずっと真紀を愛してた…若気のいたりで過ちを犯してしまったが…今でもずっと…真紀…
「父ちゃん?」
「あぁ…聞いてるよ…」
「もし父ちゃんにその気があるなら…私が仲介してあげる!父ちゃんがずっと独身貫いて来たのは…まだお母さんのこと…」
「薫…ありがとな…だけど…」
「父ちゃん男でしょ!男はどんな時も女を守らなくちゃいけないって…自分で言ってたじゃん!あれは自分自身に言ってたんじゃないの?」
「薫…そうだな…俺は…真紀を…」
「父ちゃん…良かった…じゃあすぐにお母さんに連絡するから…早速会いに行こ?」
「薫…」
そうして矢崎拳は薫の計らいによって十数年ぶりの再会を果たすことになる。真紀の住まい、古いアパートに薫と矢崎拳が訪れる。
「お母さん…父ちゃん連れてきたよ…」
薫が真紀のアパートの部屋の玄関ドアをそっと開けてそう言った。
「薫…」
真紀がゆっくりと歩いて薫を迎える。そしてその後ろに矢崎拳が立っていた。
「あなた…」
真紀が拳の姿を見て口を押さえ涙目になっていた。
「真紀…」
拳も苦労してきたであろう真紀の顔を見て、思わず目に涙が溜まる。
「お母さん…中に入っても良い?」
「あっ…ごめんね…さあ中へ入って…」
薫と拳は部屋の中へ入っていく。真紀の部屋はワンルームの狭いアパートでほとんど家具等も揃っておらず、折り畳み式の小さなテーブルを部屋の真ん中に置いて、棚という棚、タンスというタンスもなく、質素な生活感が真紀の苦労を物語っていた。薫と拳と真紀の親子三人が小さなテーブルを囲んで座った。
「真紀…済まない…」
そう言って拳が頭を下げようとした時、真紀が
「あなた…もういいの…やめて…」
頭を下げようとした拳を抑えて言った。
「真紀…ずっと一人でこんな生活を?」
「えぇ…でも…私は幸せでしたよ…あなたが私を探してくれてたことを知ってからは…だからもういいの…」
「真紀…今更と思われるかもしれないが…やり直してはもらえんかな…」
「あのオッサン…正直恐かったぜ…あれがもしヤクザ側だったらあんなに堂々とものも言えなかったかも知れねぇ…」
そう言ったのは天斗だった。
「確かにな…俺も初めてかおりちゃんの親父見たけど…オーラが半端ねえよ…ヤクザの山口って奴がおどおどしてたもんな…」
小山内も目をキラキラさせながら憧れの表情でそう言う。そこへ石田が天斗の元へ近寄ってきた。
「なぁ黒崎…今回の件は…ほんとにありがとな…お陰で佐々木を家に帰してやれるよ…でもあいつ…家庭環境複雑で帰っても幸せってわけじゃ無いんだけど…それでもあのまま生き地獄見るよりはマシだと思うよ。佐々木の代わりに礼を言わせてくれ…」
「別にこっちは重森を助けたかっただけだから礼なんて要らねーよ!ついでだ、ついで」
そして、伝説黒崎も近寄ってきた。
「おい、薫は結局どうしたんだ?」
「そりゃここに居合わせたらあいつ一人で勝手に地獄に堕ちて行こうとするから監禁したよ」
天斗が言った。
「はぁ?あいつを監禁?そんなこと出来るのか?」
伝説黒崎が目を見開いて聞いた。
そこへ小山内が
「俺の母ちゃんがな!俺の母ちゃんはその昔、伝説のレディースと怖れられた女らしい…そしてあの矢崎拳は英雄としておがめられたって言ってた」
「多分それ、あがめられただな…」
伝説黒崎のツッコミに小山内は顔を赤らめた。安藤も天斗、小山内の元へと近づいて
「なぁ、お前らこの間は悪かったな…そしてそこのバカ…生きててくれて良かった…あの時の言葉は感謝してるよ…」
それは安藤が小山内に向けて言った言葉だった。安藤が意識を失ってるフリをしてたとき、小山内は寛大な心で安藤を許した。それが安藤の善意に深く訴えかけたのだ。安藤は小山内に心から感謝していた。薫の仲間達も天斗の側に来て
「なぁ、姉さんを守ってくれてありがとう…まさか姉さんの親父が現れるとは想定外だったけど…これで俺達も安心して眠れるよ」
「お前らの為じゃねーよ!小山内の将来の嫁を守りたかっただけだ!」
「えええええぇぇぇぇぇ~!!!!!こいつの~~~~~?????」
全員が一斉に声を上げた!薫に結婚相手が見つかるとは誰しもが思っても見なかったのだ。ましてやこの伝説のバカというこの男と…伝説黒崎だけは複雑な思いでそれを聞いていた。
小山内家では薫がくしゃみを連発していた。
「お母さん、やっぱり心配…じっとしてられないよ…」
その時吟子に電話がかかってきた。吟子が携帯を手にし
「あっ!早速報せが来たみたいだよ!」
そして電話に出る。
「もしもし?吟子です~、はい…はい…あらそう~…ありがとう!やっぱり流石は拳さんねぇ~!これで薫も安心するわ、えぇ、えぇ、はい、どうもありがとうございました」
そう言って電話を切った。薫が不思議そうな顔をして
「お母さん…もしかして…」
薫の目には涙が溜まっていた。
「そういうこと!もう全て無事に片付いたって!今後の心配の芽も摘んだから心配要らないって!」
「お母さん!」
薫は立ち上がり吟子の胸に飛び込んだ。お母さん…ありがとう…父ちゃん…やっぱり父ちゃんって凄い…どんな魔法使ったのか知らないけど…まさかこんな結末迎えるなんて…信じられない…
「母ちゃん、ただいま~」
「ほら!いつもの日常がやって来た!」
吟子が薫に向かってそう言った。薫がクスッと笑って
「清お帰り~!」
薫が小山内に声をかける。
「かおりん…」
小山内はホッとした表情で薫を見つめた。
「母ちゃん…母ちゃんの言ってた奥の手ってやつ…めちゃくちゃ効き目あったぞ!ヤクザの山口って人が借りてきた猫みたいになってた!」
「山口?山口さんかい…そりゃ見たかったねぇ…あの拳さんに説教される姿」
「お母さん…あの人ってそんなに権力あるの?」
「権力?ハハハ!拳さんにはそんなもの欠片もないよ…あの人は…みんなを暖かく照らす太陽って感じかな…」
太陽…そうなのかな…あの父ちゃんが…
「そうなんだ…清みたい!」
「プッ…かおりん、それ言い過ぎ!この子みたいにバカじゃないから!」
吟子が笑いながら言った。
「母ちゃん!自分の息子だぞ!バカはやめろよ!将来の嫁の前で!」
「え?清…今なんて?」
薫が呆気に取られてそう言った。
「将来の嫁…黒ちゃんにそう言われて…」
「清…今の聞かなかった事にするから…」
薫が残念そうな表情で言った。
「え?何で?」
小山内はショックの色が隠せない。吟子がニヤニヤして
「清…違うでしょ?」
「え?何が?」
「プロポーズならプロポーズらしく言ってくれなきゃ受け付けない!」
薫がピシャリと言い放った。小山内はなるほどと言うようにポンと手を打った。
「わかったよ…」
そしてそれ以上小山内は何も言わなかった。吟子が立ち上がって
「さ、買い物してこよ!あんた達も一緒に行くかい?」
「うん!」
「うん!」
二人は同時に返事をし、出かける支度をしに二階へと上がって行った。
買い物を終えて三人は帰宅した。吟子は夕飯の支度に取りかかる。小山内と薫は二階に上がり、今日起きた出来事を薫に話していた。
そうなんだ…私…父ちゃんのこと誤解してたのかもしれない…父ちゃんは私達のことなんか対して興味が無いんだと思っていた。全く学校行事には顔を出してくれなかったし、そもそも人付き合いなんて無縁なのだと…冷たい人なんだと思い込んでいた。だけど、吟子さんの話を聞く限り、そして今回の件を清から聞く限り、父ちゃんは本当は凄く温かい人だったんだ…思い起こしてみると、薫が幼少の頃に高熱を出してぐったりしていた時、真夜中で診療所は全て閉まっていて病院を探し回ってくれたことがあった。そして救急病院でもない病院で必死に粘って交渉を続け、無理矢理診てもらったことがあった。あのときは熱にうなされ朦朧としてあまり覚えていなかったけど、かなり強引に病院の中へ押し入ったようだった。そういう熱い部分があったことを思い出す。父ちゃんに今度お礼を言いに行こう…そして、お母さんが今はもう恨んでいない…きっと父ちゃんに今でも気持ちがあるって伝えて上げよう…そう思っていた。その時吟子が下から二人を呼ぶ声が聞こえてきた。
「かおりん~、清~ご飯出来たわよ~!」
「はぁい!」
二人は下に下りて食卓を囲む。先ほど買ってきたオードブル等がズラリと並べられて幸せな一家団欒の食事が始まる。そして小山内の父が帰宅し賑やかな時間が過ぎ、薫は幸せなクリスマスイヴを過ごす。
その日の夜
「もしもし、理佳子か?」
理佳子はずっと天斗の心配をしていた。何の連絡もなく、ただ一人不安な気持ちで待つ時間はまるで永遠に続く地獄のような感覚だった。そして急に天斗から着信があって声を聞いた瞬間、理佳子は張りつめていた糸がプツンと切れたかのような感覚になり、ペタンと床に座り込んでしまった。
「……………」
理佳子はすぐには言葉が出ない。
「理佳子?どうした?」
「どうした?じゃないよ…」
そう言って涙がこぼれ落ちる。
「何も言ってくれないし…たかと君もかおりも様子おかしいし…タカはいつもと違うし…どんだけ心配したと思ってるの?たかと君の身にもしものことが起きたらって…」
そう言ってシクシク泣いている。
「理佳子…ごめん…でも、本当に何でもないからな?」
「じゃあどうしてクリスマスのこと何も言ってくれないの?私…凄く楽しみにしてたのに…」
「いや、ほんとにごめん…ちょっと忙しくて…まだ何もプレゼント用意出来てなくて…」
「そんなのどうでもいいの!プレゼントを楽しみにしてたんじゃないの!たかと君に会えるのを…このイベントに会えるのを女の子は楽しみなんだよ?どうしてわからないの?」
「いや…その…なんつーか…悪かったよ…」
「たかと君…私に隠し事しないで…そんなに心配させないで…一人で悩まれたら…返って辛いよ…置いてきぼりにされてる側の気持ちがわからないの?」
「理佳子…」
「私じゃ何の役にも立てないから?だから何も言ってくれない?そして、もしそのままたかと君に何かが起こってそれっきりだったとしたら?私どうすればいいの?もしあの時知ってれば何か出来たかも知れないとか…知ってるのと知らないのでは覚悟だって違ってくるんだよ?どんな状況でも私はたかと君の邪魔はしないから…だから隠し事だけはしないで…お願い…いつも側に置いて…」
理佳子が泣きながら訴えるその悲痛の叫びに天斗は涙が出そうになる。
「わかったよ…本当にすまないと思ってる…」
「もう今回のことは何が起きたのか聞かないよ…でも、たかと君のその様子からして…また何か危険な目にあったのはわかる…約束して…もう私を一人ぼっちにしないで…」
「あぁ、約束するよ…」
「明日は…会えるの?」
「もちろん!ゆっくり…会おう」
「うん…」
理佳子は電話を切ってその場に座ったまま放心状態だった。そしてタカが理佳子の膝元に居たのに気付く。タカ…
タカは理佳子にベッタリ甘えて理佳子の涙を舐める…タカありがとう…たかと君大丈夫だったみたい…もう心配要らないよ…タカはミャアオと鳴いて返事をした。タカって…ほんとに私の気持ちが全部わかってるみたい…いつもそうだよね?不思議な子…
年が明けて元旦、薫は久々に父、矢崎拳に連絡を取り、母の真紀と会わないかという提案をしていた。
「ねぇ、父ちゃん…この前はありがとう…なんか照れて言い出せなかった…」
「おう…お前のことかくまってくれたのは吟子ちゃんだったってな…」
「うん…吟子さん…凄く私を大事にしてくれてるよ…それでその息子と…」
「良いんじゃないか?お前がそれでいいと思った男だったら…俺はお前を信じてるから…」
「父ちゃん…父ちゃんあのね…この前助けてくれた高校生の中に居たんだよ?」
「そうか…沢山居たからな…どいつが薫のフィアンセかわからなかったな…だが、俺の昔馴染みの奴と堂々と渡り合ってた奴はなかなか見所があったように思えたが…」
「多分それは私の幼なじみの黒崎天斗って奴だよ…」
「……………」
この時矢崎拳は初めて自分の息子がその場に居たことに気付く。そして薫に対して後ろめたさを感じた。
「ねぇ、父ちゃん…お母さんのことどう思ってる?」
「うーん…そうだなぁ…母さんのことは…」
「父ちゃん…私、お母さんに会ったよ…そして色々教えてくれた。だから、だいたいの事情は知ってる…お母さんのこと…今でも気持ちはある?」
「……………」
「もし…もし…お母さんがまだ父ちゃんに未練があるとしたらどうする?」
「薫…もしそうだったとしても…俺は…母さんに合わせる顔がねぇよ…あの時俺は真紀を必死で探したんだ…そして…本当は居どころを掴んだんだ…だけど…」
「父ちゃん…お母さんを連れて帰ってあげなかったの?」
「……………」
出来なかったんだよ…本当は連れて帰りたかったけど…俺の過ちで出ていった真紀を…それは俺には出来なかったんだよ…あいつの気持ちを考えたら…
「お母さん…あの時は恨んでたかも知れないけど、きっと今は父ちゃんのこと必要としてると思うよ…会いたくない?」
薫…俺は…ずっと真紀を愛してた…若気のいたりで過ちを犯してしまったが…今でもずっと…真紀…
「父ちゃん?」
「あぁ…聞いてるよ…」
「もし父ちゃんにその気があるなら…私が仲介してあげる!父ちゃんがずっと独身貫いて来たのは…まだお母さんのこと…」
「薫…ありがとな…だけど…」
「父ちゃん男でしょ!男はどんな時も女を守らなくちゃいけないって…自分で言ってたじゃん!あれは自分自身に言ってたんじゃないの?」
「薫…そうだな…俺は…真紀を…」
「父ちゃん…良かった…じゃあすぐにお母さんに連絡するから…早速会いに行こ?」
「薫…」
そうして矢崎拳は薫の計らいによって十数年ぶりの再会を果たすことになる。真紀の住まい、古いアパートに薫と矢崎拳が訪れる。
「お母さん…父ちゃん連れてきたよ…」
薫が真紀のアパートの部屋の玄関ドアをそっと開けてそう言った。
「薫…」
真紀がゆっくりと歩いて薫を迎える。そしてその後ろに矢崎拳が立っていた。
「あなた…」
真紀が拳の姿を見て口を押さえ涙目になっていた。
「真紀…」
拳も苦労してきたであろう真紀の顔を見て、思わず目に涙が溜まる。
「お母さん…中に入っても良い?」
「あっ…ごめんね…さあ中へ入って…」
薫と拳は部屋の中へ入っていく。真紀の部屋はワンルームの狭いアパートでほとんど家具等も揃っておらず、折り畳み式の小さなテーブルを部屋の真ん中に置いて、棚という棚、タンスというタンスもなく、質素な生活感が真紀の苦労を物語っていた。薫と拳と真紀の親子三人が小さなテーブルを囲んで座った。
「真紀…済まない…」
そう言って拳が頭を下げようとした時、真紀が
「あなた…もういいの…やめて…」
頭を下げようとした拳を抑えて言った。
「真紀…ずっと一人でこんな生活を?」
「えぇ…でも…私は幸せでしたよ…あなたが私を探してくれてたことを知ってからは…だからもういいの…」
「真紀…今更と思われるかもしれないが…やり直してはもらえんかな…」