お見合い婚で一途な愛を ~身代わり妻のはずが、御曹司の溺愛が止まりません!~
結局、十二時をまわるころまで飲み続けてへろへろになった瀬口をタクシーに乗せ、送り届けてから帰宅した。
マンションに着き、部屋の鍵を開けると、リビングに電気がついていた。
もう寝ていると思ったが…、いや、翠のことだ。俺が帰ってきた時のためにつけておいてくれたのだろう。
あわよくば寝る前に翠の顔をひとめ…と思ったが、煩悩を取り払い、静かに戸を開ける。
するとソファで翠が寝息を立てていた。
寝顔……。
消し去ったはずの煩悩はあっさり蘇り、忍び足でソファの前に回り込む。
すやすやと気持ちよさそうに眠っているが、こんなところで寝ていたら風邪をひいてしまう。
俺は軽く肩を揺らし、翠に呼びかける。
「んぅ………こうたろーさん? おかえりなさい。 遅かったですね…」
「うん、ただいま。 遅くなってごめん、もしかして、起きて待っててくれた?」
「いつの間にか寝ちゃってた…」
とろんとした目で見上げるようにされて、心臓が激しく鼓動した。
可愛い。
「ここで寝てたら風邪ひくから、ベッド行って」
うつらうつらとする翠を、このまま押し倒したい。
いや、だめだ。
寝込みを襲うなんて最低だ。耐えろ。
「翠」
しつこくするので、寝ぼけている翠は気だるげに反応する。
「…早く立ち上がらないと、俺が運ぶよ?」
こう言えば、翠が嫌がって覚醒するだろうと思ったものの、拒否される前提というのは自分で言ったくせして辛いな。
ところが、なんと翠は俺に向かって両手を伸ばしてきた。
「翠…?」
「連れていって…」
嘘だろ。
この展開は予想していなかった。
無邪気に手を伸ばす翠を前に、うるさいくらいに鳴る心臓を落ち着けようと深呼吸する。
落ち着け、俺。
相手は寝ぼけている。
ベットに運ぶだけだ!
ゴクリと唾を飲み込み、ソファに横たえる翠をそっと抱き上げた。
華奢な彼女は寝ているのに軽いし、予想外の接近のせいで落としてしまわないように全神経を手元と足元に集中させる。
翠の部屋の前で足を止め、ふと考えた。
勝手に開けていいだろうか…。
一緒に暮らしているとはいえ、お互いのプライベート空間はきっちりある。
いや、しかし……。
しばし考えあぐねていると、翠は身じろいで俺の首に手を回してきた。
無自覚無意識とは恐ろしい。反則だろ、それは。
許してくれ、欲望に負けた俺の心を。
俺は方向転換して、翠を連れて自分の寝室に運び込んだのだった。