お見合い婚で一途な愛を ~身代わり妻のはずが、御曹司の溺愛が止まりません!~
「ええ。私が会社を出る時、まだ仕事をしていましたからね。 でも今日は、あなたに用があって来たの」
スっと彼女から表情が消える。
美人の無表情って、迫力がすごい。
私の姉も負けてないけど、赤の他人だと威力は増大する気がする。
「私、航太郎くんと付き合っているのよ」
一瞬、呼吸が止まったかと思った。
だけど心のどこかに、やっぱりか、と冷静な自分もいる。
航太郎さんの本命の女性。
あやふやで形のなかった存在が、今目の前にはっきりとしたと思った。
嫌だ、嘘だと言ってとどれだけ思っても、叶わない。
「……それがなんなんですか」
気づけば、とてつもなく冷たい声色で呟いていた。
松下さんはふっと余裕な笑みを見せる。
「政略的とはいえ、航太郎くんの相手だからもう少し大人な人かと思っていたけど、あなた随分子供っぽいのね。 旦那様をとられるのがそんなに怖い?」
ねえ、航太郎さん。
この人のことが好きなの?
松下さんは、航太郎さんに心から愛されているからこんなに自信満々なの?
私が何も言わずに俯くので、彼女はさらに言葉を付け足す。
「まあ、あなたがどんなに嫌と言おうと、航太郎くんは私しか見えてないわ。 いい?不用意に彼に近づいて、誑かしたりしないでちょうだい」
私は何も言わなかった。
ここまで黙って話を聞いていて、松下さんの言葉をそのまま信じることはできないと判断したからだ。
だって、航太郎さんが選んだ人とは思えない。
こんな、人を見下すような態度をとるような人を、航太郎さんが好きになる?
それとも、妻という邪魔で仕方の無い存在の私を相手にすれば、そうなるのも無理ない?
……とにかく、鵜呑みにするのはやめよう。
信じたくないという、自覚したばかりの感情のわがままかもしれない。
だけど、松下さんに言われるくらいなら、航太郎さんから直接聞きたい。
「松下さん。 私は、あなたには負けません」
きっと鋭い視線を返すと、彼女は肩透かしをくらったような顔をして固まる。
私が反抗するとは思っていなかったのだろう。
そう簡単に屈指はしない。
私と結婚すると言って聞かなくて、私の気持ちが固まるのを待つと言ってくれた航太郎さんを信じると、今決めた。
私はくるりと踵を返し、足早に階段を登りきった。