触れないで、杏里先輩!
「もう髪は平気になったね」

私の視線に気付いたのか、チラッと私の顔を一瞥した杏里先輩が言った。


初めに触れられた時は、杏里先輩を見ることも出来なかった。

確かに今、杏里先輩を見ることが出来ている。

でも今見ていられるのは、髪を触れられることが平気になったからではない。

昨日と同じ現象が起きているだけ。

「綺麗な髪だから」と褒められた時にみせられた美しすぎる微笑みに見惚れて動けないだけ。

脳が上手く動いてくれないだけ。

そのせいで脳が正常に動いてなくて、おそらく十秒程前の杏里先輩の言葉に、漸くブンブン首を横に振って否定した。


「動くとまたからまっちゃう」

そんな私を見て杏里先輩が焦った声を出した。
私はピタッと時間が止まったかのように止まる。


今、杏里先輩は私の髪に触れることにドキドキしているのかな?

私は鼓膜まで心臓の音が響いている。
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