愛しているので離婚してください~御曹司は政略妻への情欲を鎮められない~
ガラガラと引いてきたキャリーバッグには、少し長い旅行と変わりない最小限の荷物が入っている。
マンションのエレベーターを昇っても、前回のような緊張感はなかった。
ひと月とはいえ、我が家に帰ってきたという気持ちがあるからかもしれない。
腕時計で確認すると、まだ午前中の九時。
朝食を取ったら少しゆっくりして、必要なものを買いに行こう。
綾星さんに渡された合い鍵を手に、夕食はどうするのかしらと考えながら、鍵を開けると――。
「おかえり」
え? なぜいるの? 出勤時間は過ぎてるのに。
「綾星さん……。お仕事は?」
「午前中休みを取ったんだよ」
「そうですか」
「さあ入って」
綾星さんはぎこちない笑みを浮かべながら、私のバッグを持ち上げる。
「あ、ありがとうございます」
「コーヒーを入れるよ。朝食はもう取ったのか?」
「いえ、途中でパンを買ってきたので」
久しぶりなので、よく通っていたパン屋に寄ってきた。
「綾星さん、朝食は?」
「いや」
「じゃあ、一緒にパン食べますか?」
「うん」
心底うれしそうに、彼は目を細める。
明日の分もと思って多めに買ってきたからいいけれど。
彼がコーヒーを入れてくれる横でサンドイッチを一旦冷蔵庫に入れようとして開けてみれば、見事に空っぽである。
私が出ていった時のままだ。