愛しているので離婚してください~御曹司は政略妻への情欲を鎮められない~
 あまりの美味しさに忘れもしないメニューは地中海料理だった。パエリアにピンチョスにサラダ。目にも鮮やかな料理の数々。

 透が『星光さんも一緒に』と言ったおかげで、ダイニングテーブルに料理を並べてワインを飲んだあの夜は、本当に楽しかった。その気持ちに素直になっていれば、星光を傷つけずに済んだ。

 せめて、透が帰ったあとに美味しかったのひと言くらいかけていれば。
 俺は、ありがとうと礼くらい言ったのだろうか……。

 ため息が出そうになったところで、不意に透が「京都のおばんざい」と言う。

「ん?」

「星光さんのおふくろさんも料理が上手いし、器用なんだな」

 そういえばあのときだった。星光が彼女の母の店を教えてくれのは。

『母も料理が好きで、京都でおばんざい屋をやっているんです』

『え、そうなんですか? お店の名前教えてくださいよ』

 以来、透も俺も、外国人客の接待で京都に行くと必ず星光の母の店に連れて行っている。トンカツから鰻まで、メニューになくても希望に合わせてくれるのだ。

 店の名は『せい亜』。町家をリノベーションした店内は京都ならではの歴史を感じさせつつ、おばんざいという庶民的な温もりと品の良さを兼ね備えた粋な店だ。

 花菱家の籍は抜けているらしいが、星光の母親は見合いにも同席していた。和装が似合う美しい婦人である。

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