愛しているので離婚してください~御曹司は政略妻への情欲を鎮められない~
『あなたはいつも仕事で疲れていたでしょう? 優しい言葉をかけて温かく迎えてあげたいと思うのに、どうしていいのかもわからなかった。私は妻失格なのよ』

 あなただけを責める気持ちはない、自分も悪かったと星光は言った。

 彼女が俺に優しい言葉を言えたはずがないのに。

 俺が声を掛けさせなかった。

 心も体も毎日仕事で限界まで疲れきっていた俺は、家でまで気を使う気力はないと開き直っていたから。

 そのくせ何も言わない彼女をアンドロイドのように不感症なんだと決めつけて、心に目を向けようとさしなかった。

 傷つかないはずはないのに。

 あの時心を開いていれば、優しい星光は俺を癒やしてくれただろうに。


 離婚の話が出て初めて彼女に目を向け、本当の彼女を見た。

 喜怒哀楽がはっきりとある。
 困ったときは眉が下がり、視線が泳ぐのは戸惑っている証拠。
 目を細めて明るく笑う笑顔が本当にきれいなのはもちろん、頬を染めて怒る様子もかわいくて。

 俺の妻は誰よりも素敵で魅力的な女性だったんだ。
 それなのに……。


 今頃星光は荷造りをしているのだろうか。

 そう思うとやるせない思いに、打ちひしがれそうになる。

 でも俺は変わった。過去の俺はクズでも、今の俺は彼女を大切にできる。
 たとえ彼女に優しさに付け込んだって、俺は絶対に別れない。

 心に決めて、頭を切り替え書類を手に取った。

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