愛しているので離婚してください~御曹司は政略妻への情欲を鎮められない~
 考えてみれば結婚してからずっと、どこからも星光に対する苦情は聞こえなかった。
 口を揃えたように『お美しい奥さま』『素敵な奥さま』と誉める声ばかりが俺の耳に届き、そんなお世辞はどうでもいいと気にとめていなかった。

 でも、以前は違ったはずだ。

 独身の頃、同世代の女性から聞こえてくる話はそうじゃなかった。

『恋人を誘惑された』『取り巻きに囲まれた女王さま』『彼女にたてついたからと親が左遷された』

 彼女は大学まで一貫校に通っている。青扇という贅を尽くした学園だ。

 俺も一貫校だが、青扇とは真逆の白樹という清貧をモットーとした学園である。
 時々青扇から転校してくる生徒がいて、彼らはもれなく青扇か如何に悪であるかを語っていた。
 皆わがままで傲慢で、人を見下しているような一部の生徒が仕切っている。星光はその一部の生徒だったと聞いていた。

 綾乃が囁く。
「お兄ちゃん。あの人よ、ストーカー被害のときにお世話になった警備会社の専務の氷室さん」
「そうか」

 ああ、あいつか。

「あいさつなんて今更だと思うけど」と、また綾乃は顔をしかめる。

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