愛しているので離婚してください~御曹司は政略妻への情欲を鎮められない~
『星光さん、俺はあなたさえ良ければこの話を進めさせていただきたいと思います』

 いきなりそう言われた時に、私はどうして気づかなかったんだろう。

 最初から彼は私に興味なんてなかった。

 清々しいほど彼は真っ直ぐな人でしたよ、お兄さま。一度も私に触れようとせず、少しも私を顧みないところも、ずっと変わらなかった。

「さて、どうしよう」

 せっかく来たのだからと、コーヒーでも飲んでから帰ろうと思った。
 まだ離婚した訳じゃないのだから、それくらい許されるだろう。

 このマンションは売ってしまうのかな。
 綾星さんも、職場に近いという以外は思い入れもないだろうし。
 そういえば冷蔵庫には何もなかった。
 もしかしたら、綾星さんはもうここには住んでいないのかも。

 考え事をしつつコーヒーを飲み、しばしまったりとした。
 とはいえタクシーを待たせている。いつまでもこうしてはいられない。

 カップを洗って、さあそろそろ行きましょうと、バッグを手にしたその時、ガチャと、玄関が開く音がした。

 え? まさか、綾星さん?

 来ると知らせてはあっても時間は伝えていない。それにまだ午前中の十時だ。

 どうしよう。なんだか隠れたくなったところで、彼はスーツで現れた。

「わ、忘れ物ですか?」
「いや……」

 なんだか気まずい。

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