【完】鵠ノ夜[上]
◇ 時の狭間、触れられずに
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ふっと、自然にため息のようなものが漏れる。
手に持ったスマホを指で撫でて耳に当てると、向こうからは『ひさしぶり』と柔らかい声。同じ言葉を返せば、彼女はくすくすと笑った。
普段は大雑把で、丁寧に何かをすることが嫌いで。
優雅なんて言葉は微塵も見せないくせに、公の場に立てば一瞬にして父を大企業の社長に持つ正真正銘のお嬢様。その魅せ方に、幼い頃は驚いたものだ。
「雛乃ちゃんがわたしに連絡してくるなんてめずらしい。……どうかしたの?」
『和璃のことでね。……最近会った?』
それを聞いて、ああ、と納得する。
さっき彼らに話した、和璃の片想い相手。……それがこの、芳野 雛乃ちゃんだ。
「この間店には行ったわよ。
職業柄、顔には出せないだろうけど、やっぱりそれなりに落ち込んでると思う。……雛乃ちゃんの結婚式で、ウエディングドレスに似合う髪型考えとくって笑ってたけど」
今日電話をかけてきたってことは、どういうルートで情報を仕入れたのか、小豆がわたしのそばにいないことを知っていたんだろう。
小豆は和璃たちと歳がいくつか離れてるけど、小豆から誰かに情報が伝わると面倒だからだ。
「……それより、雛乃ちゃん。
電話してて平気なの?かむちゃん、怒んない?」
『平気。今日はユメも仕事遅いし』
「そっか」
『……和璃、このまま結婚させていいと思う?』
雛乃ちゃんは。
和璃が自分のことを好きだって、ちゃんと知っていた。……というのも、昔本人に告白されているからなのだけれど。
「……和璃が決めたなら、それでいいんじゃない?
"あの"和璃が決めた結婚相手なんだもの。間違いなくいい人よ。……仕事上も上手くいってるみたいだし」
いつもわたしは閉店前に店に行って髪を切ってもらう。この間もいつも通りで、唯一違うことといえば「雨麗ちゃん」と引き止められたことだ。
何かと思っていたら、「俺も今度結婚する」と、その結婚相手を紹介された。……俺も、と言ったあたり、多少はヤケだと気づいたけど。