【完】鵠ノ夜[上]
『でも……和璃に、幸せになって欲しいの』
「それはわかってるけど、無茶を言っちゃだめよ雛乃ちゃん。
和璃が好きなのは雛乃ちゃんで、雛乃ちゃんは結婚したところじゃない。……お腹に赤ちゃんだって、いるんでしょう?」
雛乃ちゃん達はもう少し結婚を先延ばしにする予定だった。
それは雛乃ちゃんの家のこととか、個人的な事情とかがあってのこと。……だけど、雛乃ちゃんが妊娠しているとわかったために、急遽籍を入れたのだ。
雛乃ちゃんと旦那さんは高校時代から付き合っていたし、雛乃ちゃんの両親ははじめこそ家柄的な問題で反対していた。
けれどあの自由奔放な雛乃ちゃんが軽く十年も付き合い続けているんだから、とさすがに認めてくれたらしい。むしろ既に孫を楽しみにしてると、結婚報告を受けた時に教えてもらった。
「雛乃ちゃんにとって、一番は誰?
なら、それが答えよ。いくら相手を傷つけてるって、わかってても」
『……そうだね。ごめんね、いつも。
雨麗はどうなの? 最近憩から連絡ないけど』
はっきり言い切ってしまえば、彼女は納得してくれた。
その安堵も束の間、彼女の口から出たその名前にどきりとする。てっきり知っているものだと思っていたけれど、よく考えれば彼がそんなマメなことをするわけがなかった。
「……二週間ほど前に、別れたわよ」
『え、憩から何も聞いてないけど!?』
「……うん。そういうの、言いたくないだろうからわたしが言っとくべきだった。ごめんね。
やっぱり、憩忙しいから。……時間取れなくて」
『……何やってんだっけ。
なんか、大きい会社の社長だよね?秒で百万単位を稼ぐ男、ってこの間テレビでもやってたけど』
そう、と小さくつぶやく。
いつも彼がわたしを迎えに来てくれるのは高級車で、向かう先は彼が所持するマンションの一つ。彼が一番使用している高級マンションの最上階だった。
『こないだまですごい仲良かったじゃん。
時間が理由ってことは、雨麗から言い出したの?』
「……うん。色々、疲れちゃって」