【完】鵠ノ夜[上]
それでも会いたいと思うのは自分勝手だろうか。
宵闇色の空を見て、彼の部屋に初めて連れていってもらった時、その色の中に浮かぶ夜景をたっぷり堪能させてもらったのを思い出す。
ベタだけど、夜景を眺めて後ろから抱き締められると、ちょっとはドキッとするものなのだ。
そのまま言葉を交わしつつキスされたら、抵抗なんてただの照れ隠し。
中学を卒業するまで何もしない、と約束してくれた彼は、いつも強引なくせに、ちゃんとそれを守ってくれた。
三年も付き合ったのに、待たせてばかりで。約束の期間が終われば、傷つけないように丁寧に丁寧に、包むようにしながら愛してくれた。
だから余計に今も胸が痛い。
いっそ何も知ることなく別れられたら良かったのに。「かわいい」って。「愛してる」って、愛されながら伝えられる言葉の魅力を知ってしまったから。
『やっぱりねー。
あんなに雨麗のこと大事にしてる憩が、自分から別れようなんて言うわけないし』
「……雛乃ちゃん」
別れたあの日だって。
わたしに別れる気なんてなかったはずだった。会えない時間を埋めるみたいに愛し合って、触れられることで満たされて、素っ気なさの中にある優しさに浸っていたはずだったのに。
『好きな男でもできた?』
「そんなまさか……」
『ふふっ、じょーだん。
……まだ吹っ切れてないって声してる。好きならやり直したっていいんじゃないの?』
「……やり直すっていうのがよくわかんない。
付き合ってたところの続きなの?初めからなの?自分たちらしく、って言われても、そもそもわたしと憩の付き合い方が正解だったのかもわからないのに」
愛してくれるなら、その分だけ愛を返してきた。
だけど。何もかも憩が初めてだったんだから、それが正解なのか間違いなのかももう分からない。恋愛感情を抱いた相手ではない、胡粋とも雪深ともくちびるを重ね合ったのに。
『……なら、結局雨麗はどうしたいの?
ただ好きだけど、それ以上はないの?だったら、あたしは別れて正解だったと思うよ』
その問い掛けには、答えられなかった。
そばにいるのが当たり前で。いないからさみしくて。会いたくなるけどそれが恋なのかと問われたらもうわからなくて。好きって気持ちさえ、麻痺しているような気がする。……どれが正解なの?