【完】鵠ノ夜[上]
目を閉じれば、記憶の中の彼が優しい笑みを見せてくれる。
無愛想で強引で、彼女であるわたしにも冷たくて。それでも彼は、わたしを突き放すことは一度もしなかった。
だからなのかもしれない。
……その優しさに沈んでいくみたいで、怖かった。
隠していたわけじゃない。
5歳になるよりも早くから居た組員しか誕生日を知らないのも事実。だけど本当は、五家のみんなに言わないつもりじゃなかった。
聞かれたら正直に答えるつもりだった。
だけど、言えなかったのは。……わたしの誕生日を知る恋人から、一言ももらえないのが寂しかったから。日が変わる前に、会いたいと強請った。
その結果彼はわたしを迎えに来てくれて。
彼のマンションで、わたしの誕生日を迎えた。プレゼントなんていらないから、「誕生日おめでとう」と「好き」の一言くらいくれてもよかったと思う。
わたしだって、御陵の跡継ぎといえどただの女。
恋人になら甘えたいし、好きだって言ってほしい。時間が取れなくて連絡も減って。それでも、やっぱり好きだったから。
言葉をくれなかった憩を言い訳にしただけだ。
終わる、と思ってしまった。もうだめだって。迎えに来てくれて、久々に感じるほどの間なんてなかったみたいに大事にしてくれて。それでも伝え合う言葉がなければもうだめなのだと、思ってしまったから。
「憩、もう別れよう……?」
「雨麗」
「これ以上……
あなたの事を、好きにも嫌いにもなりたくない」
本当に自分勝手だ。
わかってるの。わかってるけど、それを呑んで尚、愛して欲しかった。悪かったって抱き締めてくれたらそれでよかった。
「……そうか」
「、」
「……家まで送る。
無駄に俺と過ごしても仕方ねえだろ」