【完】鵠ノ夜[上]
言い訳をして雪深や胡粋のくちびるに触れたのも、結局はわたしが人肌恋しかっただけなのかもしれない。
所有印を残すことで、自分がひとりであることを、思い出したくなかったのかもしれない。
「……忘れられた方が懸命では?」
「そうね。わたしもそう思う」
「……気分転換に、どこかお出掛けするのはいかがですか。
仰ってくだされば、車は出しますし」
「……ん、ありがと」
もう彼のことをいつまでも考えるのはやめてしまえばいい。
頭を軽く振って思考から掻き消すと、御陵の仕事内容へ入れ替えた。大きな会社を背負う彼が御陵の跡継ぎになるなんて、そんな無謀なこと、初めから出来るわけがない。
いずれは、別れるはずの関係だったと。
そう言い聞かせてみれば、心を封じるのは案外簡単なものだった。
……別れた翌日にはもう、別の綺麗な男に触れていたと。
それに罪悪感を感じないほど冷めていたわけでは無いけれど。気にすればするほど深みに嵌るようで、何も無かったように振舞った。
「あとは、はとりと柊季……
ふたりとどうやって打ち解けるか、よね」
「……雨麗様」
「ん?」
「これ……どうされたのですか?」
わたしのスクールバッグの中。
取り出された五つの封筒。早くも中身を見たのか、その険しい顔付きにため息をつく。見られないうちに処分しようと思っていたのに、すっかり忘れていた。
「どうしたも何も。
中身を見れば、それがラブレターってことはわかるでしょう?」