【完】鵠ノ夜[上]
くすり。
笑って誤魔化そうとするわたしに、「随分熱烈なものですね」と冷ややかに返してくる小豆。それを奪い返して彼の耳にくちびるを寄せた。
「彼等には……黙ってなさい。
余計なことにあの子達を巻き込みたくないの」
「雨麗様。申し訳ありませんが、五家の皆様はあなたの護衛係です。
そんなストーカー紛いな手紙を寄越してくる輩からあなたを守るのが、彼等のお仕事ではありませんか」
「けれどそれ以上に彼らを危険な目に遭わせないのがわたしの仕事よ。……いいから黙ってて」
封筒から取り出した手紙をゴミ箱の上で散り散りにして、捨てる。
人力なせいでシュレッダーほど細かくないためある程度文字は読めるけど、誰もゴミ箱を漁ったりしないし。五枚とも同じように細かい塵にした。
「さてと、学校行かなきゃ。
……小豆、車の手配をしてちょうだい」
もうすっかり手紙のことはどうでもいいようで、かしこまりました、と彼が先に部屋を出る。
鏡の前で髪を軽く直し、バッグを手に持って向かう先は本邸前。いつもの場所で彼等に「おはよう」と声を掛けられ、同じように返せば雪深がすぐさま引っ付いてきた。
「お嬢、明日の放課後暇?空いてる?」
「明日?
明日は生け花の稽古があるから、それが終わるのは20時過ぎよ?その後なら空いてるわ」
「ん、りょーかい。
一緒に映画のDVDみよーと思って。いい?」
「ええ、構わないわよ。
わざわざ前日に誘ってくれるなんて律儀ね」
甘い髪色を崩さないように撫でれば、雪深はその髪色に負けないほどの甘い笑みを見せてくれる。
好きだと言われてから少々付き合い方を悩んでいたけれど、こうやってわたしと距離を詰めようとする彼の努力が純粋に羨ましい。アプローチ、なんてわたしには出来ないし。
「みなさまお待たせしました」
車から降りてきた小豆が扉を開けて、中学に向かう芙夏とは手を振り別れると、車に乗り込んでいつもの席に座る。
小豆が全員乗ったことを確認して運転手に告げれば、車は滑らかに発進した。