【完】鵠ノ夜[上]
どこにも身体ぶつけてなくて、と。
ホッとして「ごめんなさい」と謝っている彼女に平気?と聞けば、彼女は右足を一歩出して、それから首を横に振った。
「体育の時に足首痛めたの、そのときは大丈夫だったんだけど……
襲われそうになった時、逃れるのに力入れちゃって、」
サポーターがないから立てない、と。
申し訳なさそうな顔をしたお嬢に、抱き上げようか?と声を掛けようとしたら、先に何事も無かったみたいにはとりがお嬢をお姫様抱っこする。
「あ、ちょっと、はとり」
部屋の中には目もくれず外に出て歩き出すはとりを追う。
お嬢は歩けないせいで恥ずかしいと文句を言ってられないのか、素直にその身を預けたままだ。そのままエレベーターで下に降りると、さっきの店員に会釈してから店を出る。
車を停めたところへ向かえば俺らに気づいた小豆さんが車のドアを開けてくれて。
彼女が「小豆」と声をかけて何か告げると、彼は「少々お待ちください」とカラオケ店の方へ歩いていった。
シートに腰掛けたお嬢は、背中を丸めるようにして、自分の右足首に慎重に触れる。
痛みが強いようで、彼女は困ったような顔をした。
「歩けねえって……
医者に診てもらったほうがいいんじゃねえの?」
「今日はもう遅いし、明日はあなたたちと予定があるもの。
……明後日までに痛みが引かないなら、ちゃんと病院行くわ」
「お嬢……俺らの予定より自分のこと優先して、」
「そんな事言わないで。
あなたたちと過ごせる時間が至福なのよ」
優しく笑ったお嬢に「よしよし」と頭を撫でられたら、言い返す気力も削がれる。
無理だけはしないでと伝えて、戻ってきた小豆さんの運転で本邸に帰ると、芙夏も胡粋だけじゃなく、柊季まで心配そうな顔をしてたけど。
「心配かけてごめんね。
……みんな、待っててくれてありがとう」
お嬢が一人一人抱きしめたら、安堵していた。
シュウとはとりもしっかり抱き締められてた。あと、はとりはお嬢に何か言われてたけど。些細なことまで妬いてしまいそうになるから、店から車まで運んだお礼を言ってるんだと思い込むことにした。