【完】鵠ノ夜[上]
「そういえば小豆さん、
お嬢に言われて店まで何しに行ってたんですか?」
「私ですか?
雨麗様に頼まれたように、ご迷惑をおかけしたお詫びをお店の方に。それと、もちろん料金が掛かっていますので全額お支払いしました」
「……全額?」
むしろあの七人に払わせとけばよかったんじゃ、と思った俺と、彼女の考え方はどうやら違うらしい。
穏やかに笑った小豆さんは、「雨麗様は、」と口を開く。
「あえて、全額お支払いされてるのです。
許す気はないと仰ってる方に優しくされると、逆に恐怖心を煽られませんか?」
「あー……まあ、確かに」
「ふふっ、あれでも雨麗様は御陵を継がれるお方ですからね。
相手が誰であろうと、周りの人間を傷つけられた時は、手加減なんてされませんから。もちろん聖様が今回の件で傷ついておられることも理解の上で、ですよ」
本当に、適わない。
俺はただ傷ついてるわけじゃなくて。俺のせいで彼女を傷つけてしまったことに、得体の知れない形で、ぼんやりとショックを受けているだけのこと。……なのに、ちゃんと、わかってくれてる。
「ですが今回は何か被害があったわけではないですから。
あくまで、釘をさした、というところでしょう」
「……次何かあったら手加減はしないってことですか」
「はい、もちろん。
それが御陵という組織で生きていく上で、最も重要なことですから」
はっきり告げられたその言葉に、心が抉られるような気分になる。
きっと彼女は、自分の立場で相手をたやすく傷つけられてしまうのだと。殺めてしまうことすら出来るのだと、誰よりも理解しているのだ。
だから。
誰とも親しくしない、という彼女の後輩から聞いた言葉を、今になって痛いほど理解する。そこに情が入るなんてこと、したくないから。
彼女はとっくに本気だ。その事実に今更気づいて泣きたくなるほど胸が痛い。焦がれるのならいっそ、焼き尽くしてほしいと思うほどに。
御陵を継ぐ覚悟、なんて、そんなもの。俺らがここに来た時には、彼女はもう、とっくに持ち合わせていたんだから。
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