【完】鵠ノ夜[上]
ありがとうとお礼を言ったわたしを見て「じゃーな」と素っ気なく放った彼は、周りの目を気にすることなく教室を出ていった。
教室内の雰囲気がどこか「壱方くんかっこいいね」と色めき立つようなものに変わって、もはや苦笑しか出てこない。
「授業はじめるぞー」という先生の声で、その空気は終わったというのに。
教室が途端に色めいたのは、授業終了のチャイムが鳴ったすぐ後のこと。さっきと同じことをすればホームルームに間に合わないから、運んでもらうために仕方なく誰かを呼ぼうと思っていた時だ。
「ちょいちょい胡粋?
お前なんでついてきてんの~?お嬢は一人しかいねえんだから、俺が来ればお前いらねえよ?」
「はは、何言ってんの。
俺が来たからお前がいらないんでしょ、雪深」
きゃああ、と女子の黄色い悲鳴が上がる。
なんでこのふたりが、と一人ため息をついていたら扉から顔を覗かせたのは柊季と、はとり。……いや、どうしてあなた達までいるの。教室が大騒ぎになってるじゃない。
「お迎えに上がりました、お姫様」
ふわり。
笑ってそう言う雪深に、怪我していなかったら「必要ない」と冷たく言い放ちたいところだが。どうして雪深と胡粋がいるの?と問いかければ。
「柊季とはとりが俺らのクラスの前通りかかった時にさ。
俺と胡粋にお嬢が歩けないの伝言してくれたんだよねえ。んで、そのままここに来たって感じ?」
「……はじめから柊季に迎えに来てもらうんだった」
「いーじゃん。
昨日ははとり、さっきは柊季にお姫様抱っこされたんでしょ?なら次は俺。ほら、早く」
「レイ。雪深に抱き上げられるとセクハラされる確率高いから俺にしといた方がいいよ。
あと雪深力なさそうだし落とされたら困る」
この二人がいると、二人も周りも騒がしくて仕方ない。
はあ?と言い合っている二人から視線を逸らせば入口のところにいた柊季が気づいてくれて。またも呆れたような顔をした彼は、ツカツカ歩いてくると二人を放ってわたしを抱き上げた。
「こうなると思ってついてきてくれたの?」
「……さあな」