【完】鵠ノ夜[上]
リビングに入ろうとしたら、芙夏にそう引き止められて。
なぁに?と首を傾げたら、彼は「たまに誰かお風呂上がりに服着てない時あるからー」とリビングに顔だけ覗かせた。別に誰かが上半身裸だろうと、わたしは気にしないわよ。
「だいじょーぶだって!どうぞー」
開かれる扉。
何気なく動かした足が「え、」と漏らした声とともに止まる。壁には紙でつくられたおしゃれな『Happy Birthday』の文字。ひらひらと舞った銀色のテープが、まわりの景色を反射して煌めいた。
「レイちゃんおどろいた顔してるー。
びっくりしたー? びっくりするよねー」
「どう、して」
「ぼくたちお祝いする気だったのに、まさかレイちゃんの誕生日過ぎてるなんて知らなかったんだもん。
レイちゃん、祝わなくていいって言ってたから、本当は壁のあれも「おめでとう」とか「ありがとう」にするつもりだったんだけどー、」
「シュウがね、誕生日で祝おうって。
『自分の生まれた日に執着がないなら、俺らが祝って意味を持たせてやればいいだろ』だって。……なんだかんだレイに優しいんだよね」
そう言って胡粋が柊季を見れば、彼は「うるせーよ」とあしらっているけれど。
その瞳が次の瞬間、驚いたように見開かれる。
「お嬢どうし……って、泣いて、」
「っ……だって」
はらはらと零れた涙が、落ちていく。
憩のこと以外で泣いたのは随分とひさしぶりだ。まさかわたしが泣くなんて思わなかったのか、みんな言葉を失ってるけど。……本当に。
「ありがとう」
彼らがここに来た時、不安がないかと問われたら嘘だった。
唯一手を差し伸べてくれた芙夏がもし他のみんなと同じようにわたしに対して良い印象を抱いてくれていなかったら、仲良くなんてなれなかったかもしれない。
護衛、なんて、家柄を盾にこうやって無理やり関東に連れ出して。
正直喜んでもらえるようなことも何もしてこなかったけれど。……難しい言葉は抜きで、ただ純粋に、嬉しかった。