【完】鵠ノ夜[上]
ぴんぽーん、とチャイムの鳴る音。
時計を一瞬見た雪深が、帰宅にしては早いそれに小首を傾げながらもぽいっと抱き枕を放り投げて嬉々と席を立つ。それからリビングを出て玄関に向かったかと思えば。
「……小豆さん? お嬢は?」
「皆様、至急広間までお集まりいただけますか?
私の不手際で……雨麗様が、誘拐されました」
はっきりと。
聞こえた声に、別邸の空気がピシッと引き攣る。どうこう言っている場合ではない。急いで全員席を立ち、別邸を出た。
「だめです電波通じません……!」
「防犯カメラの映像ですが、
あの料亭は裏の話が多すぎて簡単には──」
小豆さんにどういうことなのか軽い説明を受けながら向かった大広間。
いつも何も置かれていないその空間には所狭しと怪しげな機械が置かれ、彼女を捜す組員でごった返していた。
事の次第は、こんなもの。
彼女は今日、ここから車で30分ほどの場所にある都内の料亭に訪れていた。相手は組の事情に関わる組織の人物がふたり。
さっき話題に出たように、相手は50を超える男たち。
組織の一番上に立つ人物と、その次、といったところだ。小豆さんはいつものように、万が一に備えて部屋の前で待機していたらしい。
男二人に女子高生が一人で応じるその様子に色々と突っ込みどころはあるが、いつものように空気は和やかだったらしい。
平穏に終わりそうだ、と小豆さんが安堵していた頃、料亭の入り口から突如料亭の女将の悲鳴が聞こえてきた。
不審に思った小豆さんは彼女に「一度様子を見てきます」と声をかけ、その場を離れる。
向かった料亭の入り口には、顔を覆った男が冷静に女将に刃物を向けており、当然武道にも長けている小豆さんは犯人を捕まえようとした。
──が、なぜか犯人はいきなり逃走。
逃げた先、追いかけた小豆さんの少し先にぴったり停まった車に犯人が乗り込むと、急いで発進した。
そこでようやく小豆さんは、犯人たちのおかしな行動によって嫌な予感に気づく。
すぐさまもどった料亭の中、彼女がいたはずの部屋は、日本庭園を望める窓が粉々に割られていた。
男が二人気絶させられ転がっているだけで、彼女の姿はなし。
刃物を持って立ち入ってきた男はただの時間稼ぎで、自分を呼び出すための存在。つまり当初から、目的は──お嬢の、誘拐。