【完】鵠ノ夜[上]
「なにそれ」
続けざまに覗きに来た雪深や芙夏も同じ反応を見せる。
はとりだけは驚きをあらわにはしなかったが、「……本当によく見てたんだな」とつぶやくその声に、少なからず驚きが混じっていた。
「レイちゃん、」
分厚いのは当たり前だった。
毎日、俺ら五家の情報を一人につき一枚、事細かに書き記したそれ。どんな些細なことも見逃さないとでもいうように。
その日の何気無い言動だとか、ちょっとした様子とか、その日出かけたこととか、些細すぎることなら誰と誰が喧嘩してただとか。
はたまた、その日の俺らのことをほかの組員に聞いたであろう細かな情報とか。
耳にしたこと、目にしたこと。
思い出どころか記憶そのものを残しているんじゃないかと思うほどに、びっしり書かれた手帳。俺らがここに来た日から今日まで。
──たったの一日も欠かすことなく、書き記されていた。
「……なんか、俺泣きそうだわ」
「え、やめて、泣かないでよ?」
「だって俺らがここに来た時の態度思い出してみ〜?
……芙夏は、それなりに、ちゃんとしてたけど。あんなひどい態度だった俺らのこと、こんなに大事にしてくれんの、お嬢ぐらいじゃん、」
壱方家の実子ではないことが、どことなくコンプレックスだった。
両親は嫌いじゃない。だから壱方の跡を継ぎたくないとかそういう考えは、持ったことがない。……でも。
実子ではないことを言い訳にして、いろんなことから逃げてきた。
若、として組員よりも高い地位にいることも落ち着かない上に、嫌いだった。
「……胡粋」
これ見てみ、と、指をさした先。
ダイアリーの、3月18日。──彼女がパソコンのパスワードに設定していた、その日は。