【完】鵠ノ夜[上]
「レイ……俺らのこと好きすぎだよ……」
『対面日』とだけ書かれたそれ。
だけど何の日だったのかなんて、俺らが一番よく知ってる。俺らがはじめて彼女と顔を合わせ、ここで暮らすようになった、日だ。
「何言ってるの、こいちゃん。
ぼくらだって、レイちゃんのこと大好きでしょ?」
「そうだけど……こんなの、敵わないって」
──俺らがそこにある真実を知ることなく。
知ろうともせずに過ごしてきた日々も、きっと彼女にとっては意味のある過去ばかりで。何も知らなかった日々が少しだけ、惜しくなった。
無意識に、手帳を持つ手に力がこもる。
帰ってきてほしいと、何の邪念もなく、ただそう思った。プロの殺し屋に誘拐されたかもしれないなんて、そんな不安を、俺らに与えるんじゃなくて。
さっさと戻ってきてくれと、そう思うことしかできない。
番犬は、主人がいねーなら、本来持っているそのスペックを最大限に発揮できねえんだから。
「ぼくね……うまく言えないんだけど、」
「……うん」
「いま……すごくレイちゃんに会いたい」
そこにある過去とか未来とか、事実とか嘘とか。
偽りの仮面とかプライドとか、そんなのどうでもよくて。
「……芙夏。
それね、たぶん、いま全員が思ってるよ」
「……レイちゃんが帰ってきたら、ぼくたちが不安になった分、いっぱいぎゅうってしてもらおうね」
自分本来の姿を見てくれる人なら、とっくにそばにいた。
そんな相手が自分の主人だなんて、一体どこまで贅沢させてもらってるっていうんだ。