【完】鵠ノ夜[上]
「……ありがと、はとり」
さすがに色んなところに暴行を受けたせいで、一人で立てなかった彼女をはとりがパイプ椅子に座らせる。
カラン、と床に落とされたハサミ。
「お嬢!」と駆けつけた雪深と芙夏が、彼女の無事に安堵したのもつかの間。
彼女の髪にハサミを入れようとしていた、おそらく一番リーダー格の女を、ジリジリとはとりが追い詰めているのを見て、空間が凍る。
「……待っ、天祥、くん?」
それに対する返事はなし。
完全に怯えた表情で後ずさる女と、確実に一歩ずつ詰めていくはとり。
「っ、はとり……!」
その名前を呼んだのが自分だったのか他の誰かだったのかは、わからなかった。
いつだって冷静で誰よりも大人だったはとりが、まさか。……そんな行動に出るなんて、誰も、予想していなかったから。
壁に追い詰められた女の首に回した手に、はとりがぐっと力を込める。
どう見たって、"首を絞めている"その行動に、はっとして、慌てて駆け寄った。
「はとり、やめろって……!」
「柊季、下がってろ」
「下がってられっかよ……!
お前いま自分が何してるかちゃんとわかってんのか!?」
頼むからその手に込めた力を弱めろって……!
強引に引き剥がそうとしても、意地で力を入れてんだかまったく離れない。押しつぶされそうな焦燥感の中で、振り返って声を上げたのは無意識だった。
「雨麗……!」
この空間の中でも異質なほどに落ち着いた様子で。
唐突なはとりの行動に唖然とするほかのヤツらを差し置いて、ただ静かにその様子を見ていた──俺らの、飼い主。