【完】鵠ノ夜[上]
「あなたは嘘がつけないもの」
揶揄うように……いや。間違いなく揶揄われたのに、口角が上がってしまう。
ご主人様が一介の忠犬に過ぎない俺のことを当たり前のように理解してくれていることがうれしくて。和装にも合うボルドーのハンドバックを「持つよ」と受け取った。
「ありがとう。みんな揃ってる?」
「ん。俺は部屋に籠ってたけど……
ほかのヤツはみんな、リビングにいたみたいだし」
「……そう」
短く答えたお嬢は、リビングに足を踏み入れて「ただいま」を告げる。
それに「おかえり」とそれぞれからの返事を聞いた彼女がソファに腰掛けると、彼女が唯一手に持っていたスマホから、音が鳴った。
相手を確認するように液晶に視線を落とした彼女が、一瞬躊躇うように指を止めて。
それから姿勢を正すと、小さく息を吐いてから電話に出た。
空いた左手で髪を掻き上げる仕草が、やけに色っぽい。
自分で言うのもなんだけど御陵五家は色男揃いで、各自それなりにモテる。だけど、お嬢に関してはモテるとかそういう次元じゃない。
あまりにも綺麗過ぎて、まさに高嶺の花。
美しすぎるからこそ、触れてはいけないと思ってしまうような存在で。
──浮世離れ。
という表現が、一番似合うのかもしれない。
「一体どういうつもり?」
『───』
「冗談じゃない。
……わたしの聞いてた話と随分違ってたわ。悪いけど付き合いきれない」
通話時間、わずかに10秒ほど。──ぶつっと。遠慮なく電話を終わらせる彼女の瞳には、珍しくかなりの怒りが滲んでる。
相当機嫌が悪いようで、ため息を吐いたお嬢は和装であることも厭わず、姿勢を崩すように深くソファに身を沈めた。