【完】鵠ノ夜[上]
「こいつ止めねーと本気で殺すぞ!?」
真っ黒なその瞳で。
純粋無垢に見えるその瞳で。一体、どれだけの薄汚れた真実を、見てきたっていうんだ。
彼女が口を開かない間も、どんどん苦しげになる女の表情。
ほかの奴らも相当慌てた顔をしているが、おそらくこいつ以上に鍛えている俺が引き剥がしても離れなかったのを見て、どうにもできない状況で。
「……はとり。手を離しなさい」
冷えた空間に、色もなく落とされた声。
白い肌に残った赤い痕から、無意識に、目を逸らした。──すべては、消えることのない、残酷な真実の中。
「っ、は…っ…、げほ、」
解放されて崩れ落ちる女。
固まっていた女の取り巻きふたりが、慌てて彼女に駆け寄る。安心したのかぼろぼろ涙をこぼしているが、はとりの表情は今も読めないままだった。
「お前、いま何したのかわかってんのか!?」
咄嗟に、はとりの胸ぐらを掴む。
俺ら五家の仲は揺らがないほど強いわけじゃない。ただ。……誰も、殺人者なんて、出したくない。
「お前もし、
死なせたらどうする気だったんだよ!」
「……柊季、落ち着きなさい」
「落ち着いてられっかよ……!
俺はこいつ自身のことなんかどうでもいいけどよ……!五家として知り合った以上放っておけなんて言われても無理に決まってんだろうが!」
「──柊季」
鋭い声で彼女に名前を呼ばれて、思わず口を噤む。
いつだって顔色一つ変えないその余裕さにムカついて舌打ちを隠すこともなく零してから、乱雑に胸ぐらを掴んでいた手を離した。