【完】鵠ノ夜[上]
「犯人の話は……知ってる?」
「存じ上げております。
ですが……おそらく、この話を聞いて傷つかれるのは、雨麗様自身かもしれません」
それでも良いのですか?と。
聞いてきた小豆に、この時わたしは頷けなかった。……まだ、憩が愛してくれていた頃だったから。
中学を卒業したことで、それこそわたしも憩に全てを捧げて、間もなかった頃だったから。
……身も心も愛されることを知ったばかりのわたしは、その話の詳細を聞くことから逃げた。
そして。
……ストーカーだと思わせておきながら、わたしを男たちに襲わせようとした女の子たちと、直接話をつけたあの日。
雪深と共にカラオケボックスに訪れたはとり。
平常に見えて、どこか歪な違和感を覚えたわたしは、その後帰宅してからはとりに「部屋に来てちょうだい」と声をかけた。
──そして、あの日逃げた話の真相を、知る。
「……地元にいた彼女さんのことと関係してる?」
ふたりきりの部屋の中で。
わたしが襲われかけたことと、彼女さんが襲われかけたことに何かしらの接点はあったのかと、探るように声をかけた。
そうすれば彼は伏し目がちに「ああ」と一言。
その後告げられた話のほとんどは、小豆から聞いたこととそう大差なかった。
新たな情報は、彼女が自殺した原因ははとりに対する罪悪感に加え、産むのか中絶するのかという周囲の返事を急かす声にも追い詰められたからだという。
彼女自身は、何の罪もない子どもを、産んであげたかった。……だけど、周囲は。
義務教育すら外れていない中学生で。
いくら親が支えるといったって、所詮は子ども。産まない方がいいという意見の方が、多かったらしい。
「相手の顔は見てない、の一点張りで……
思い出させたくないこともあって、俺はそこまで相手については聞かなかった。結局、先に自殺してしまったから、犯人なんか特定できるわけない」
……はず、だった。
唯一の手がかりだった彼女は。全て何もなかったことなんだとリセットするように、跡形もなくすべてを片付けた、はずだった。