【完】鵠ノ夜[上]
「……何かあったのか?」
一拍。静かになった部屋に、穏やかなはとりの声。
機嫌悪いんだからそっとしておいてやりゃあいいのに、放っておけないのが俺らの性。
お嬢のことだから俺らには話してくれないかも、と。
俺が思ったのは杞憂だったようで、彼女は誰とも視線を合わせないままに口を開いた。
「今日の夕食の誘い、聞いてた相手じゃなかったのよ。
……いえ、さすがに同伴はしてたけど、あくまで同伴ってだけで」
……え、そんなこと?
そんなことで、お嬢が怒ったりする?
騙されて気分が悪い、と。
お嬢はそう言ってるけど、その態度に違和感を抱いてるのは俺だけだろうか。
いつもなら、大抵の事はたやすく流せてしまう人なのに。
いつものお嬢なら、きっと「馬鹿みたいよね」って言って終わらせるのに。
どうして、こんなに感情が露なのか。
誰も口を開かなくて、よく分からない沈黙が部屋の中を満たす。気まずいというより、全員が、お嬢の気持ちを推し量れていないみたいだった。
「ただ相手が違うだけなら良かったのよ。
……それが、婚約者との食事じゃなければ」
彼女の視線が、俺らを一巡した。
それから伝えられた事実は、理解できていない俺らにもわかりやすく噛み砕いて教えてくれたらしい。
……こんやく、しゃ?
確かに、御陵家は長らくお嬢の婚約者を探してる。
彼女が、唯一の跡継ぎであり、女性であること。
それを考えると、誰にでもわかる事だった。
でも。……でも。
"そうじゃない"ってことに、俺らは気づいてる。